ー第十三章~魔女の復活~
バーレイグからエマ・フォン・ドレイクの話を聞き終える頃。辺りは漆黒の闇に包まれていた。
夜道を下山するのは危険だという事でフィーロとランスは居城に泊まる事になった。
「あの、もう一度確認しますが...本当に一緒のお部屋でよろしいのですか?」
フィーロとランスを客室に案内し、シルヴィオは神妙な面持ちで二人に問いかけた。
「構いません。その方がいざという時に都合がいいので」
「いつも一緒だし、今更だよな」
「そうですか...」
二人のブレない様子にシルヴィオは納得するしかなかった。
「何かありましたら呼び鈴でお呼び下さい。直ぐに伺いますので」
部屋の鍵をフィーロに渡し、シルヴィオは一礼をすると、部屋を後にした。
「...そんなに気にすることか?」
部屋に入りランスは首を捻って疑問をフィーロに投げかけた。
「僕の事情を知っているからでしょう。でも、個人的に今更過ぎで、気にするのそこ?って感じですよね」
部屋に用意されたベッドに腰を下ろし、フィーロは肩を竦めた。
「まあ、そこは配慮だったんだ。普通は有り難い事だよな」
「そうですね」
ランスの意見に頷き、ふと窓の外にフィーロは視線を向けた。
部外者を寄せ付けない為に、この場所は吹雪で視界が遮られている。
季節を問わず吹雪く外の景色にフィーロは既視感を感じ、おもむろに窓の傍へと近づいた。
「この景色、なんか見覚えがあるんですよね...」
窓に手を添えて外の景色を覗き込みフィーロは首を傾げた。
「そうなのか?冬の山ならだいたいこんな感じだろ?」
「いや...そういうことではなくて...」
ランスの見解に合点がいかずフィーロは困惑する。
「まあ、それはいいか。その前に今はドレイク卿からの依頼を解決する方が重要ですから」
エマとマティアスの真実の話の後、二人が受けた依頼はこうだ。
1、マティアスの魂を宿した人形の行動を止める事。
2、失踪した聖職者達を救出する事。
3、エマの復活を阻止し、クドラクの計画を止める事。
「この三つを完遂し、出来ればクドラクの残党を捕獲、もしくは滅する...ドレイク卿の話から連れ去られた聖職者達は紫電の魔女を復活させる為の生贄。そうであるなら、復活の瞬間までは殺されない。助け出すなら今でしょうね」
「けど、その聖職者を隔離しておく場所が見つかってないだろう?助け出すにしてもどうするんだよ...」
ランスの意見はもっともだ。
バーレイグの話では犯人の目的は分かったが、肝心の聖職者の居場所や犯人自体の真相は掴めていない。
「...一つ、心当たりがあるので、明日ツアーンラートの街に戻る前に寄ろうと思います」
「その心当たりって?」
了解と頷きながらランスは目的の場所をフィーロに尋ねる。
「マティアスの工房です」
確信を持った視線を向けてフィーロはその場所の名を唇に載せる。
「なるほど。街の人に存在を知られていない場所なら監禁場所には持ってこいだな」
「マティアスの人形が消えていた事から推察するに、そこが的確かと。明日閣下に工房の場所を教えてもらおうと思います」
窓の外からランスに向けるフィーロの視線には決意の光が宿っていた。
今となってはツアーンラートの街が何故襲撃されてのか理由は分からない。
だが、恋人を失い、今まで護ってきた人間夷裏切られ、最期は父親の巡らせた策略によって封印されたエマ。
どんな理由があれ、大戦の引き金を引いてしまった彼女に罪がないとは言えないが、それでも信じて来たものに裏切られ見放された彼女と、彼女のエゴの為に偽りの身体に魂を押し込められたマティアス。
二人の事を思いフィーロは唇を強く噛み締めた。
こんな悲劇は終わらせなくてはいけない。
エマを蘇らせてはいけない。
クドラクの暗躍を阻止する事はフィーロにとって、使命に近いものだった。
翌日。北のヴァンパイア王の居城を後にしたフィーロは、フリーレン山脈を降りると、早速地図を頼りにマティアスの工房へと向かった。
工房は話の通りツアーンラートの街から離れた森の中にひっそりと建っていた。
主を失ってから既に百年以上。
バーレイグの結界が働いていたからなのか、それともそれなりに手入れがされていたのか、小屋は比較的綺麗な形で残されていた。
工房の中に入ると、降り積もった埃が舞い上がり、陽の光を受けてキラキラと光る。
「まさに錬金術師の工房だな」
工房の中をランスは感心した様子で見渡す。
「この工房の...あった、ここだ」
バーレイグから貰った工房の図面を頼りにフィーロは、作業場の奥に置かれた棚の前に立った。
「どうやら、監禁場所はここで間違いないようですね」
フィーロが示す場所をランスは覗き込む。
他の場所には埃が積もっていたにも関わらず、ここだけは埃が積もっていなかった。
それが、ここを誰かが使っていた何よりの証拠だった。
「これを...こうして...」
棚の引き戸を開き、内側にある小さな引き金を引くと、鈍い音を立てて棚が横に動きだした。
「流石は絡繰りを人々に広げただけはありますね。この仕掛けは知らないと気づかない」
棚が動き、その場所に現れたのは地下に続く階段だった。
「ランス、この先は何が出て来るか分からないので慎重に行きますよ」
腰のホルスターからリヴォルバーを引き抜き、撃鉄に指を引っ掛けた状態で携帯すると、フィーロはランスに肩越しに目配せする。
「俺が先に行く」
腕輪を二本の大振りのナイフに変えて手にしたランスは、フィーロを後ろに下がらせると、先に階段を降り始めた。
ランスの後ろをついてフィーロも階段を降りていく。
さして深くもない地下に降りると、階段を降りた途端、一気に広い場所にでた。
そこには、天井から滑車に繋がれた鎖がおり、以前は人形を吊るしていたのだろう。だが、最近は違う形で使われていたらしく。更に空っぽの空間はある事を物語っていた。
「...ひと足遅かったみたいですね」
滑車から吊るされた場所の下に行くと、そこには乾いた血の跡が残されていた。
微かに残る香りから、それがミッテンヴァルト大聖堂に仕える聖職者の物だとフィーロとランスは直ぐに見抜いた。
間違いなく、失踪した聖職者はここに拘束されていた。
だが、その姿が消えているという事は何処かに移動させられたらしい。
「これじゃ振り出しじゃねか」
チッとランスは思わず舌打ちして感情を露わにする。
そんなランスの横でフィーロは冷静に彼等の移動先を考える。
(現状連れ去られていたのは四人。五人目に襲おうとした僕には返り討ちにあっている。今まで計画通りに進んでいた生贄の確保が思わぬところで途絶えた。更に、僕等を襲って来たのがマティアスの人形だとしたら、彼は誰かに操られていた。僕等を襲った時も彼を逃がすように誰かの横やりが入った...)
これまでの様子を考察しフィーロはふと、ある事に気づく。
「...エマが封印されているのは教会...その教会の楔を壊すには、教会に忍び込む必要がある...儀式を行うなら教会が一番打って付け...ということは...」
「フィーロ、なんか分かったのか?」
「...ランス、今すぐ教会に戻りましょう」
そういうなりフィーロは降りて来た階段へ駆けだす。
「おいっ」
駈け出したフィーロの後をランスは慌てて追いかける。
工房の外に出た瞬間、異様な気配が街の方から漂ってきていた。
「なんだ、この感じ...」
こめかみを押さえ、ランスは眉を顰めて街の方を見る。
「今日は水曜日じゃないのに、僕が北の王に接触した事に焦って事を進めたようですね」
あくまでも冷静にフィーロは今起ころうとしている事を推測する。
猶予は残っていないようだった。
フィーロとランスはツアーンラートの街を目指して走る。
街に入った途端、異様な気配に包まれた街の気に当てられ、ランスは腰を折って口元に手を当てた。吐き気と眩暈が襲うのを必死に堪える。
「ランスっ大丈夫ですか⁉」
立ち止まってしまったランスに気づきフィーロは少し戻ってランスの傍に寄る。
「心配すんな、行くぞ」
それは、この街に初めて降り立った時と同じ状況だった。
違うのは、街の方が騒がしく、人々の戸惑いを含んだ声が聞こえてくることだ。
なんとか立ち上がりランスはフィーロと共に街の中を進む。
街の中では黒い靄が辺りを覆い、突然の事に街の人々が不安や戸惑いにざわついていた。
更に、数日前までは確かに存在していたマティアスの伝承を伝える銅像が粉々に砕かれていた。
この靄はそこから噴き出していた。
「楔が壊されている...」
砕けた銅像を横切りフィーロは更に嫌な予感を感じて歩を速めた。
教会へあと少しという所で、ランスは遂にその場に膝をついて蹲ってしまった。
「くそ...フィーロ、俺のことはいいから、先に教会に急げ!」
自分の傍に駆け寄ろうとしていたフィーロにランスは強く吐き捨てる。
戸惑い、その場にランスを残していくことを躊躇っていると、教会の方から名前を呼ぶ声が聞こえて来た。
「アルシャ君...」
振り返った先には、馬を駆って近づいてくるアルシャの姿があった。
「フィーロ様!ランスさん!」
フィーロとランスの姿を見つけたアルシャは二人の前に来ると、手綱を強く引いて馬を止めた。
「はあ、はあ、良かった。戻ってきてくれて」
肩で息をしながら、涙を堪えた目でアルシャは二人を見下ろす。
「何があったんですか?」
馬から降りるアルシャを手伝い、フィーロは状況を問いかける。
それにアルシャはすがるようにフィーロの纏うローブを掴んだ。
「街に、青い髪の男の人がやってきて、銅像を壊した後...アンジュお姉ちゃんとフランお姉ちゃんが氷漬けにされて...司教様が二人を...」
途切れ途切れに話す内容からフィーロは、誰が黒幕なのかを理解した。
「...そうか、司教が黒幕だったのか...」
呟くように独り言ちるなりフィーロはアルシャの肩を掴んで顔を覗き込んだ。
「シスター達は僕が助けます。僕を教会に運んでください」
「アルシャ頼む、フィーロは馬は操れないんだ。俺は後から追いかけるから先に行ってくれ」
アルシャの肩を強く掴み、ランスはフィーロを託す。
「分かりました。フィーロ様、僕の後ろに乗って下さい」
身軽に馬に跨ったアルシャはフィーロに手を伸ばす。
アルシャの手を掴みフィーロは後ろに跨った。
「しっかり掴まって下さい」
フィーロが自分の腰に腕を回したのを確認してから、アルシャは鞭を打つと、馬を教会に向けて走らせた。
大聖堂の扉をフィーロは勢いよく押し開けた。
バンと大きな音が大聖堂の中に響き渡り、風が室内に流れ込む。
この世界の母なる女神の像が置かれた祭壇の前に広がる光景に、フィーロは眉を顰めた。
祭壇の前には失踪した四人の聖職者にアンジェリカとフランチェスカの二人を含めた六人が氷漬けにされ、祭壇に掲げられていた。
その姿はまるで大聖堂のステンドグラスに描かれた殉教者の様によく似ている。
氷漬けにされた聖職者達の前に立っていたのは、司教であるカリーノと司祭のジョナサン。それから、工房から呼び起こされ、利用されたマティアスの人形だった。
「少し遅かったようですね、フィロフェロイ神父」
「司教...貴方が黒幕だとは思いませんでした...クドラクの信奉者か」
ニコリと笑ったかと思った次の瞬間にはフィーロは冷めた視線を司教に向けていた。
「ええ、その通り。偉大なる黒の破壊者。貴方方ヴェドゴニヤの宿敵。私は彼等を信仰するものです」
「大戦の最中、クドラクに加担した聖職者も多くいたと師匠から聞いています...貴方もそうだったのですね」
淡々とした口調でフィーロはエーベルヴァインに問いかける。
「あの大戦は人間の本性を炙り出した。魔族に怯える傍で、強硬に及び、私は消せない傷を負わされた。そんな私にクドラクは手を差し伸べてくれたのよ」
訴えかけるような言葉にフィーロは不快感を露わにする。
ホルスターからリヴォルバーを引き抜き、銃口をカリーノへと向けた。
「人間はお愚かです。それは認めましょう。けれど、貴方は縋る者を間違えています」
「何を今更。大戦で碌に機能していなかったヴェドゴニヤの防御機構、それを棚にあげますか」
「それ、僕の師匠に直接言って欲しいですね。クドラクの暴走を止めなかった落ち度はあのヒトにもありますから」
ここにはいない人物を引き合いに出してフィーロは司教を見据えながら撃鉄を起こした。
「茶番は終わりです。紫電の魔女は復活させない。シスター達とその人形を返して下さい」
祭壇に捧げられた聖職者達とマティアスの人形を交互に見遣り、フィーロは要求を突き付けた。
「そうは行かないわ...我が君の為、紫電の魔女には蘇って頂きます」
パチンと、カリーノは指を鳴らす。それを合図に、氷漬けにされた生贄達の足元から、ぽたぽたと血が滴り落ちた。
祭壇の下には紅い棺がある。
咄嗟に駈け出そうとしたフィーロの前に司祭のジョナサンが放った風の防壁が立ち塞がった。
「このっ」
防壁をフィーロは自身も風の刃で切り裂く。だが、壁は分厚く一度や二度では突破できない。
「くらえっ」
フィーロの背後から声がした。振り返ると、アルシャがフィーロの手助けをするように風の魔術を発動していた。
「アルシャ君、君魔術を」
使えるんですね、と言おうとした矢先、司祭の造った防壁が砕けて活路が見いだされた。
こじ開けられた突破口をフィーロは全力で進む。
だが、祭壇に辿り着く寸前で凄まじい魔力の波動にフィーロは後方へ押しやられた。
「しまった」
驚愕に見開かれるフィーロの視線の先で、紅い棺が音を立てて壊れていく。
「さあ、最後の生贄を差し出せば彼女は復活する」
そう言ってカリーノは魔力の圧に押されたフィーロを受け止めたアルシャを見る。
(アルシャ君を七人目にするつもりか)
司教の意図に気づいたフィーロは咄嗟にアルシャを背後に庇った。
「さあ、貴方の主を復活させる最後の贄を私の下に」
背後に控えていたマティアスの人形にカリーノは命令する。
それに応じマティアスの人形は氷の剣携えるとフィーロとアルシャに迫った。
アルシャを護りながら、フィーロはリヴォルバーを仕舞い、自身の血から造り出したレイピアで振り翳された氷の剣を受け止めた。
数度刃を交わし、フィーロはマティアスの人形と交戦する。
その間にも儀式は進み、壊れた棺の中からゆっくりと藤色の髪をした少女が目を覚ました。
「おお、ついに、目を覚まされたのですね、紫電の魔女・エマ・フォン・ドレイク。貴方を蘇らせたのはクドラクの加護あってのこと、さあ、七人目の生贄の血を吸い、完全なる復活を」
熱の籠ったカリーノの声が大聖堂に響き渡る。
マティアスの人形の剣を振るう腕にも力が籠る。
焦りにフィーロの剣劇が鈍りかけた時、乾いた音が祭壇から聞こえてきた。
「これで、七人目ね」
ざしゅっと、何か柔らかいモノが裂ける音が辺りに響き渡る。
大きく目を見張るカリーノの胸には、深々と腕が突き刺さっていた。
「え...何故...」
疑問を抱き、カリーノが前を見つめると、そこには棺から目を覚ました藤色の髪に赤い瞳のヴァンパイアが自分に腕を伸ばしていた。
カリーノの身体に腕を突き刺したまま、彼女はゆっくりと身体を寄せる。と、大きく口を開いて司教の首筋に噛み付いた。
温かく甘い血が喉を通り抜けて全身に染み渡っていく。
ごくりと喉を鳴らし、カリーノの命を吸い尽くした彼女は、カラカラ乾いた司教であった女性の亡骸を床に放り捨てた。
ゆっくりと、棺から出たエマは不敵な笑みを浮かべてフィーロとアルシャを見つめた。
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