ー第十章~エマとマティアス~



「あれはまだ、先の大戦が起こる前の事だ。父である先代の北の王から王位を引き継いだ私はまだ妻を娶っていなくてな。エマは、ようやく迎えた妻との間に生まれた初めての子だった。」


 それは、今から二百年程前。まだ、人間とヴァンパイアを筆頭にした魔族達との間に大戦が起こる前の穏やかな時代。

 ツアーンラートが工業都市として発展し始めた頃の事。


 北のヴァンパイア王・バーレイグ・フォン・ドレイクの下に一人の女児が生まれた。

 父から王位を受け継ぎ、既に二百年余りの時間が経っていたバーレイグにとって、待望の第一子の誕生だった。


「エマは聡明な子で魔力も強く、覚醒を迎える頃には神の啓示によって選ばれる魔女として『紫電しでんの魔女』の冠を得ていた」

 淡々と、当時の事をバーレイグは思い出す。

「魔女に選ばれるという事はそれだけ人間を慈しんでいたという事ですよね?それが、どうして...」


 この世界において魔女とは生まれながら生まれながら強い魔力を宿し、その力を他者の為に使うことに努めた者が神の信託によって選ばれる。

 魔女に選ばれた者は人間ならば不老不死になり、魔族も膨大な力を得る。


 魔族にとってのメリットは少ないが、その称号は一種のステータスとなり、己の名を轟かせるには十分な要素だった。


「確かに、エマは私の言いつけを護り、人間に対しては優しい子だった。物心がつく頃にはツアーンラートの街にもよく遊びに行っていたしな。そこで、彼に出逢ったのも必然だったのかもしれん」

「その、彼というのが...」


 フィーロの予想を裏付ける様にバーレイグは首を縦に振る。

「伝承で語られる人形遣い...マティアス・クロック。その人だ」



***



 それはきっと、ささやかな幸福の記憶。

 誰もが忘れてしまった、覚えている者のいない優しくも哀しき、過ぎ去りし過去の情景。

 語られる事のない小さな秘め事と、彼女の贖罪の物語。





 万年雪の積もるフリーレン山脈を下りた先、針葉樹林の木々に囲まれる中にあるツアーンラート。

 今年で魔族としてようやく一人前となる百歳の誕生日を迎えたエマ・フォン・ドレイクは、今日も北の都市へ足を伸ばして、森の中を駆け抜けていた。


 その最中、彼女は森の中で一人の若者と出逢った。

 その出逢いはあまりに唐突で、恐らく、彼女が出逢った人物からしてみたらあまりいい物ではなかっただろう。

 そう、エマが青年マティアスと出逢った時、彼は熊に襲われていたのだ。




「た、助けてー」

 腕に太い丸太を幾つも抱え、地面に腰を抜かしたマティアスは、二の腕を振り上げる熊の前で成す術もなく座り込んでいた。


 助からない。そう覚悟したマティアスは目を閉じ神に祈った。

 だが、痛みは一向に訪れず、代わりにバキッと骨の砕けるような乾いた音と、熊の呻く声が聞こえた。


「早く行きなさい、次はないわよ」

 鳴き声を上げ、どしどしと重い足音を響かせて森の中に戻っていく熊を横目に茫然としていると、マティアスの前に細く白い手が差し出された。


「大丈夫?今は冬眠から目覚めたばかりだから気が立っていたのよ。赦してあげて」


 さらりと視界に入った藤色の柔らかな髪とアクアマリンのような瞳、陶磁器の様な白く滑らかな肌にマティアスはどきりと目を見張った。


「あ、助けてくれてありがとうございます...」

「貴方、見かけない顔ね。旅人さん...ってわけでもなさそうだけど...」


 青と白を基調にしたワンピースの裾をひらりと揺らし、エマは腰を抜かして座り込んでいる青年の顔をまじまじと見つめた。


「あ、私の名前はマティアス・クロック。このツアーンラートに叔父がいて、その伝手つてを頼って昨日越してきました」

 エマの手を取って、情けないながらも立ち上がったマティアスは、灰色の瞳で自分を助けてくれた少女を見つめた。


「そう、クロックさんの所の...私はエマ。北のヴァンパイア王の娘よ」


 堂々と胸を張り名乗りを上げたエマに、マティアスは零れんばかりに目を見開いた。

「えええっ!ヴァンパイア王の娘って、君、ヴァンパイアなの⁉」


「ええそうよ。この北の大地では普通よ」

 あまりに大袈裟に驚く青年にエマはキョトンと目を丸くする。


「そんなに、驚く事?」

「そりゃ、普通ヴァンパイアっていったら魔族の頂点で私達人間を襲う方だろう?少なくとも、私が生まれた土地ではそうだった」


 マティアスの話にエマは少し戸惑ったように視線を彷徨わせた。

 前に父であるバーレイグから聞いた話では、この北の大地のようにヴァンパイアが人間を庇護しているのは珍しいことなのだという。普通は虐げるか互いに争うかをして、世界の種族の中で最も弱い人間は立場上最下層にいるのだという。


 それが現実の話だと今更ながらに実感し、エマは己の配慮の無さに気まずくなった。

(という事は...この人にとって私は熊より恐い存在なんじゃ...)


 初めての感情にエマはするするとマティアスから離れると、こそこそと物陰に隠れた。


「あの、どうして突然物陰に隠れる必要が...?」

「だって、貴方にとって私は熊より恐い存在でしょう?」

 おずおずと、物陰から顔を覗かせるエマを見つめ、マティアスは突然大声で笑いだした。


「え?な、なに?」

 突然笑われ、エマは困惑する。さっきまで腰を抜かしていたのが不思議なくらい肩を揺らして笑うマティアスをエマは茫然と見つめた。


「ははは、ごめん。なんか、助けて貰って今更かなって。優しいヴァンパイアもいるんだなと」

「それがどうして笑われるのよ...」


 マティアスの感情の変化について行けずエマはますます困惑した。

「笑ったのは謝るよ。ごめん。ちょっと気が抜けたようだ。改めて、助けてくれてありがとう。お願いだから、こっちに出てきてくれないか?」


 そう言いつつもマティアスはエマが隠れた物陰に近づくと、今度は彼の方から手を差し出した。


「恐くないの?」

「少なくとも、私には綺麗なお嬢さんにしか見えないよ」

 笑みを浮かべてそう言うマティアスの角ばった武骨な手をエマはそっと取る。

 すると、強い力で引っ張り出された。


「わあっ」

 突然の事にバランスを崩して前のめりに倒れ込んだエマの身体をマティアスは軽々と受け止めた。

 それが、後に伝承の中で語り継がれる事になるエマとマティアスの出逢いだった。





「マティアスは錬金術師でな。なんでも人形に意志を宿し、サーヴァントのように使役する術を研究していた。この街に来たのも豊富な木材があったからだ」

「あ、それで絡繰り人形師なんですね」

 伝承の一説を思い出しフィーロは確認するように声を上げる。


「実際、自身が造った絡繰りでツアーンラートの街に貢献していたのは事実だ。エマもマティアスの工房に入り浸っては彼の手伝いをしていたようだ。あの子は、氷の魔術をよく使っていたが、本来得意な属性は雷でな」

「それで、『紫電の魔女』なんですね」


「前に何かで論文を読んだことがあるが、雷のエネルギーを人形が自ら動ける動力源にする研究があったらしい」

 ランスも自身が持つ知識を引っ張り出して話題に載せると、バーレイグは静かに頷いた。


「マティアスが街に来て五年が過ぎた頃。南の方で不穏な空気が流れ始めていた。先の大戦の最大の首謀者たる南のヴァンパイア王の領地で動きが起こったとの一報が入ったのはその頃だ」


「大戦の引き金の一つ、南方虐殺ですね」

 フィーロの問いかけにバーレイグは首を振る。


「元々、南の女王は人間に対してはあまりいい感情を持っていなかったからな。今となっては本当の事は分からんが、女王による若い娘を捕えては生き血を啜るという事件は当時教会との亀裂が入り始めていた魔族と人間の間に、火種を生むには十分な出来事だった。その事で私とエマは東のヴァンパイア王の元に出掛けていたのだ。あの頃はいずれエマに玉座を譲るつもりであったから、レビュタント以来交流の無かった他の貴族との接点を持たせるために珍しく同行させたのだ。だが、そもそもそれが間違いだった。エマを私の代理として残しておけば、もしかしたら状況は変わっていたかもしれない」


 ふう、と深い溜息を吐いてバーレイグは冷めた紅茶の水面を覗き込む。

 それから、再び当時の事を思い出し始めた。





「え?暫く留守にする?」

 街の外れに構えたログハウス調の工房に木材を運び入れながら、マティアスはエマの言葉を繰り返した。


「お父様のお供。今までこんな事なかったんだけど、今回はいい機会だからって言われたの。だから、暫くはここに来られないわ」

 マティアスの手伝いをしながらそう告げてエマは何処か不満げに唇を尖らせた。


「北の王の言いつけなら護らないと。君は仮にも北の王の後継者なんだから」

「分かってるわよ...でも」

 小屋の中に入るなり、エマはマティアスの腕に自身の腕を絡ませ、甘えるように頬を摺り寄せた。


「愛しいヒトに暫く会えないのは寂しいのよ」

「そりゃ、私だってエマと離れるのは寂しいさ。でも、君の将来に必要なことなら我慢するよ」


 木材を作業台に置き、腕を絡めてきたエマの肩を引き寄せると、マティアスはそのしなやかな髪を撫でる。

 慰めるような手つきにエマはうっとりと目を細め、子猫のように擦り寄った。


「直ぐ戻って来るから」

「うん...」

 互いの体温を確かめるようにエマとマティアスは身を寄せ合う。


「ねえ、そういえば何を熱心に造っているの?」


 ふと、視界の隅に入ったものを見つけ、エマは興味津々とそれを覗き込んだ。

 そこにあったのは、普段マティアスが造っている小さな人形とは異なる、ヒトとと同じ大きさの人型。


「ああ、今試作品の雛形を造っているんだ。この人形に意志を持たせて、使役出来るようにしようかと」


「意志を?今の人形達だって十分動くじゃない。それではダメなの?」


 当時、マティアスが得意としていたのは、予め命令を組み込んだ術式を発動し、決まった動きをする人形達だった。


「単純な作業をするだけならそれでもいいんだけど...もっと高度な事を行うには判断力を伴う必要があるんだ。だから、ある程度自ら考える事が出来る...意志を持った術式を組み込めなかと思ってね」


「それくらいのサイズのモノを動かすのにはかなりの魔力が必要じゃないかしら?それこそ、賢者の石でもないと」


「賢者の石は精製に時間がかかるから、動力源としては扱い難いかな。出来ないわけではないけど、現実的じゃない」


「そうなると、その駆動系の構築とかが必要ね...完成までに何年かかるのよ」

 むすっと、眉を顰めてエマはマティアスを見る。


 その視線に苦笑を滲ませてマティアスは「なんとかするよ...」と苦し紛れに答えた。


「生きてるうちに実現出来たらいいわね」

「ヴァンパイアの君にそれを言われるとへこむなあ...」


 苦笑いを浮かべるマティアスを見つめていたエマの心に、ふと、ある思いが浮かんだ。

 きっと、それは叶えられない事ではない。

 方法はある。だが、それを言っていいのだろうか。


「ねえマティアス...貴方さえよければ...」

 ヴァンパイアに。

 それを言いかけてエマは口を閉ざした。


「エマ?何か言った?」

「あ、ううん。私で良かったら協力は惜しまないわ」

「ああ、ありがとう」


 その笑みを、きっと忘れる事は出来ない。

 彼は恐らく分かっていたのだろう。

 けれど、それに気づけなかった事を、エマは後悔した。






 東のヴァンパイア王の居城に滞在していたバーレイグとエマの下に火急の報せが届いたのは、領地である北の大地を離れてから一月が経った頃だった。


 東の王の居城は赤い煉瓦造りの要塞のような武骨な出で立ちで、別名竜騎士城と呼ばれていた。


 ルキウス・フォン・スカーレット・ペンドラゴンは東の王の王位を継いでから百年にも満たない若手だったが、王位を継承するより以前から人格者として知られている人物だった。


「エマ嬢は随分淑女らしくなられましたね」

 サロンの一角。アフタヌーンティーを囲みながらバーレイグと向かい合った漆黒の髪に琥珀色の瞳を宿した青年は、父親の隣に座るエマを優しく見つめ、柔和な笑みを浮かべた。


「ここが慣れぬ場所で緊張しているだけだ。普段はじゃじゃ馬で困っておる」

 バーレイグの言葉通り、いつもの活発な印象はなりを潜め、今は借りて来た猫のようにエマは肩を丸めて、ちょこんとソファに腰掛けていた。


「ここに来てもう一月、色々と挨拶や会合で疲れたのでしょう。翁の評価は少々辛口では?」

「ふん、言うようになったな。若造が」

 悪態をつき合いながら二人は紅茶のカップに口をつける。

 バーレイクにとってルキウスは歳が離れていることもあって、盟友ではあったが息子のような存在だった。


「まったく、お前が東の王に選出されなければエマの婿にとも考えていたのだが...」

「え?そうだったの⁉」

 唐突な父親の発言にエマは思わず声を上げた。


 確かにルキウスという青年は精悍な顔つきに騎士然とした雰囲気を纏う美丈夫で、ヴァンパイアの間でも人気が高いのは知っていた。


 そんな人物と自分の婚約を考えていたことにエマは驚きを隠せなかった。

「それは光栄なことですが、王同士の婚姻は盟約を破ることになります。それに...俺には既に想い人がいますので」


「分かっておる。ヴェドゴニヤの巫女姫だろう。流石にヴァンパイアの王とヴェドゴニヤの長の婚姻は禁止されていないからな」

「彼女を妻に迎える事は、魔族の中で大きな意味を持ちます。今燻っている火種を消すには十分な出来事でしょう」

「しかし、古の神話には哀しい結末がある...浮かれ過ぎぬことだ」

 年長者としての忠告にルキウスは静かに強く頷いた。


 父とその盟友の会話を間近で聞いていたエマはぼんやりとルキウスの想い人たる人物の事を考えていた。


(ヴェドゴニヤの巫女姫、イリヤ・フォン・ロードナイト...私と同じ魔女に選ばれた存在か...)


 この城に着いて直ぐの会合で挨拶しか出来なかったその人は、銀色の髪に透き通った瑠璃色の瞳をした少し幼い印象の残る人だった。


 歳も自分と変わらない。『銀月ぎんげつ』の冠を頂く当代の魔女の一人。

 それ程言葉は交わさなかったが、紹介された時、彼女と目の前の若き王は似合いの二人だと思った。


(マティアスはどうしているかしら...)

 他人の想い人の話を聞いたせいか、急に故郷にいる恋人の事が恋しくなる。

(ああ、早く帰りたいわ...)

 胸の内で溜息を吐き、それをごまかすようにエマはクロテッドクリームのたっぷり塗られたスコーンに噛り付く。


 乙女心を焦がす午後。その焦がれを焦燥へと変える報せが、サロンに飛びこんできた。


「ご歓談中申し訳ございません」


 ばたんと、ノックもせずにサロンに駆け込んできたのは、ルキウスの部下である騎士だった。


「どうした?」

 慌てた様子で飛び込んできた部下の非礼を咎めることなく、ルキウスはソファから腰を上げて目の前に跪いた部下を出迎えた。


「申し上げます。昨日、北の王が領地に未確認の敵部隊の進行があり、北の都市に攻め入ったとの報せがっ」


 ガタンと、ソファが揺れ気が付くとエマは飛び跳ねるように腰を上げていた。

「嘘...なんですって...」


 ジワリと、冷たい何かが這い上がってくる。その予感のようなものをエマは必死に胸の中で振り払った。





 父親についてエマが故郷を離れ、東のヴァンパイア王の居城にいた頃。

 ツアーンラートに残されたマティアスは、恋人のいない寂しさを紛らわすように、自身の研究に没頭していた。


「うーん、これも駄目か...」


 古今東西様々な文献からヒントを捜し、自分なりの解釈を加えて魔術回路を組み立ててみたが、思うように人形は動いてはくれなかった。


(やはり、賢者の石を使うのが手っ取り早いのか...いや、それではホムンクルスと同じになってしまう...)


 眉間に皺を寄せ、難しい顔でマティアスは目の前に吊るされた絡繰り人形を見つめた。

「はあ、後は雷を変換して回路に流す方法か...こればっかりはエマがいないと試せないな」


 羊皮紙に書きなぐった理論のうち、一番最初に思いついておきながら、エマが不在な事で実行に移せずにいる術式を見つめ、マティアスは溜息を吐いた。


(雷系の魔術...習得すべきか...)


 錬金術師であるマティアスは魔術こそ使えるものの、どちらかといえば大地属性との相性がよく、天に属する雷はあまり積極的に習得してこなかった。


 普段の自分なら絶対に使わない理論であり術式だ。

 だが、エマに出逢わなければこの理論は組みあがらなかったのも事実だった。


 がしがしと頭を掻きむしりマティアスは脱力するように椅子に座り込んだ。

 作業台の上に置いていたカップを手に取り、縁に口を付ける。冷めてしまった紅茶を喉の奥に流し込んでからマティアスはふと、工房の窓に外に視線を向けた。


 ふと、違和感を覚えておもむろに椅子から立ち上がる。

 集中していて気付かなかったが、やけに周りが静かだ。

 森の中に構えた工房の為、どんなに静かとはいっても、常に鳥の囀りや獣の泣き声が聞こえている。だが、今はそれすら聞こえてこない。


(なんだ...)


 まるで、天変地異の前触れのように、異様な静寂に包まれた世界にマティアスは息を潜めながら外に出た。

 杉や白樺などの木々に囲まれた空をマティアスはゆっくりと見渡す。


 ごくりと息を飲んだ直後、ドンっと大きな爆発音が大地を揺らした。

 身を潜めていた鳥達が驚き、羽を休めていた枝から一斉に飛び出す。


「なんだ」


 爆発音は更に、二度、三度と続き、ツアーンラートの街の方角から白煙が上るのが木々の合間に見えた。


「街が...」


 立ち上る白煙を凝視し、マティアスは思わず一歩後退った。

 鳴り響く爆発音。微かに聞こえてくる悲鳴と怒号。

 街で何かが起こっている。それだけは確信できる。


 普段ならきっと、北のヴァンパイア王が対応に当たるだろう。

 この場にエマがいたら、真っ先に彼女は飛び出して行くに違いない。


 そんな彼女の姿を想像した途端、マティアスは一度工房の中に戻り、愛用の猟銃を抱え込んだ。

 保管していた数体の人形に魔力を送り、起動させると、彼らを連れてマティアスはツアーンラートの街へと駈け出していた。







「...」

「教会に残っていた記録や、妻から聞いた話で実際の状況までは分からないが、街を襲ったのは何処かの国の兵士だったそうだ。何故彼等があの街を襲ったのか、理由までは判然としなかったが、街の被害は尋常では無かった。その中で、マティアスは自ら銃を手に交戦し、人形達を指揮して襲撃者達と戦った。だが、多勢に無勢。マティアスは攻防の中で命を落としたと聞いている」

 一息ついてバーレイグは紅茶を口に含む。


「私達が報せを受けて街に戻ってきたのは、襲撃を受けてから二日後だった。その頃には襲撃者は撤退し、街は荒れ果て、多くの遺体が安置所に並べられた後だった...」


「マティアスさんの遺体もあったのですよね?」

 ふと気になってフィーロは問いを口にした。


「ああ、私もエマも彼の最期の姿を確認している。四方から刃物で突き刺され、血まみれになった彼の遺体を、エマは泣きじゃくりながら抱きしめていたからな」


「そうですか...」

 答えを聞き、フィーロは何かを考え込むように顔を俯けた。


「恋人を失ったエマは、塞ぎこむようになった。...マティアスの工房であるモノを見つけるまではな」


「それは、一体?」


「...マティアスが組み上げた人形に意志を...魂を宿す理論書だ」


 重たい声でバーレイグは静かにその存在を告げた。

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