第6話 惑う月
(あれっ…?)
遼は会社帰りに週末の朱音とのハイキング旅行の準備で買い物に来ている。そしていつも通るコンドーム売り場の前をなにげに通り過ぎた時に重大なことに気が付いてしまった。
(確か最後に朱音としたのは…お盆?ってことは、もう1か月半もしてない…いやいや、そんなわけ…)
遼が匂い付きのカラフルで可愛いパッケージやグリーンとブラックで男らしいパッケージがずらりと並ぶコンドームコーナーの前で真剣に考え込んでいるので、通り過ぎる人がじろじろ見ていく。クスクス笑う若いカップルや、走り回る元気な子供にぶつかられながら、彼女の脳内では何度も単純な演算を繰り返し同じ結論に達していた。
(うそ!あの熊野の夜から?え?あれ?そういえば、朱音の部屋に泊まっても疲れて寝てたり酔っぱらってたりでしてない…。大体、最近買ってないもの!以前は毎週のように買ってたのに…)
遼は顔面蒼白になり、必要な買い物もできずに薬局を後にした。
(もしかして…私に飽きたのかな。それとも、あまりに体力がなくてセックスが物足りなくなった…?超初心者だからテクニックに不満を感じているとか?どうしよう、誰に相談したら…流行りのセックスレスカップルにはまだ早い…)
「で、私たちに相談するんだ?私たち遼の彼氏のことあんま知らないからなあ…弟呼んであげようか?」とマキタは木曜の夜に聞いた。週末は旅行なので明日の夜に朱音の部屋に集合になっている。
「ダメ、みっちゃんに聞いたら絶対に朱音をからかうからもめそう!ね、どうしたらいいと思う?」
ぶんぶんと手を振る遼を見て、相談したマキタとトン子は目を見合わせた。
「そうだねぇ、この前会ったときに二人は本当に仲良く見えたし、ここは取り合えず色気じゃないか?」「うんうん、そうだよぅ。まだ百貨店やってるしぃ、今から彼がやる気になる下着を選んであげるぅ。遼は色が白いから黒がいいかなぁ。さ、急ごう!」
「ありがとう…」
ホッとした遼を連れて、二人は嬉々としてランジェリーショップに遼を連れて行った。
「おかえり、お疲れ。ご飯適当に作ってるから。もうすぐ出来る」
遼は金曜にしては珍しく気合を入れて仕事し、なんでかお見通しの江上にからかわれながら予定通り定時ピタリで会社を後にした。そして朱音の部屋で秋鮭のクリーム煮と大根サラダ、あと卵を使い切りたかったのでチーズオムレツを作っていたら朱音が帰宅した。
彼女は久しぶりに緊張している。
遼は朱音の部屋に付いて真っ先にシャワーを浴び、下着はトン子たちに選んでもらったラ・ペルラの黒のTバックショーツに肌が透けるレースのブラジャー、黒のレースのスリップを着て、夜なのにメイクも軽くした。
これで準備は万端、のはずだった。
「おお、美味しそうだな、ありがと」
朱音が腕まくりをしながら、遼の作っている料理を肩越しに覗き込む。耳元の低い声が心地いい。
(よおし、くるならこい!)
そんなやる気満々な気持ちで遼はいたが、彼はすっと離れて隣で洗い物を始めた。
(おぅっ?あれっ?前はまとわりついて来てたんだけど…あれー?)
遼の計画はあっけなくとん
「これ、美味しい。初めて食べるな」
「ああ、それはスーパーで試食したら美味しくて…」とキノコがたくさん入った秋鮭のクリーム煮について遼は拍子抜けしながらぼんやり説明を始めた。
食中も食後に一緒に片づける時も朱音は遼をあまり見ていない。
(あれれ…もしかして、もう手遅れなのかな…私に興味がなくなって他の女性としてるとか?いや、それはない、と思うけど、まさか、何かあるごとに朱音をのけ者にするから、私嫌われた…?)
お風呂が沸きました、と機械音のアナウンスが流れた。遼が先にシャワーを使ったと告げると、朱音が「そっか。じゃあオレ風呂に入ってくる」と言って行ってしまった。いつもと同じ流れだった。
バタン、とドアが閉まる音が聞こえて彼女は緊張が解けて床にへたり込んで呆然とした。
とにかく、こんな下着で明日ハイキングするわけにはいかない。もし今夜なにもなくて、明日の早朝にこそこそといつもの下着に着替えているのを想像した。
(はあ、脱ごう。間違いなくバカみたいだ…)
遼がスカートを脱ぎ、白シャツのボタンを外して肩から滑り落とした。繊細で破れそうな膝上のスリップの肩紐をゆっくり降ろそうとしたら、
「遼、それどうしたんだよ…」という声が真後ろから聞こえた。振り向くとまだ服のままの朱音が遼を見て固まっている。遼はひざまずいて落ちている白シャツを拾い、体に
「ひゃっ、な、何でもないっ!ちょっと着替えてるからあっちに行ってて…」
遼が
「遼、今日はなんか変だと思ったら…こんな格好でどうしたのさ。まさかオレを喜ばせようとしてくれたの?白シャツに黒い下着なんて会社に着てったのかと思ってイラっとしてたけど、ここで着替えたの?オレの為に?」
「うっ…うん」
(これはかなり恥ずかしいんだけど…ど、どうしたらっ?)
「見せて…」と言って、朱音は遼を離し白シャツを肩から滑り落としたので遼はびくっとした。立っている遼の前にひざまずき、遼の細い白い手を取り上から下までじっと見つめた。
「…ありがとう、とても嬉しい。よく似合ってる。で、遼はこれを脱いでたけど、本当はオレにどうして欲しかったの?」とニヤニヤして聞いた。
(う…わかってるくせに…っ)
「朱音と最近してないから…だから…あの…」
「なあに?ちゃんとオレに教えてよ」
ニヤニヤしながら遼の身体を眺める朱音に言う覚悟を決めた。
「…私、朱音としたい。もう私じゃダメ?」
「うーん、どういうこと?」と言いながら、遼のレースのスリップの肩紐を降ろして床に落とした。その下から出てきた白い肌と先端が透けるブラジャーと限りなく面積の狭いショーツに目を丸くして「すごいな」とつぶやいている。
「私に飽きたのかなって…」と恥ずかしさで赤くなって俯いた遼に、朱音は熱に浮かされるように答えた。
「オレが?そんな訳ない…ガツガツして嫌われたくないから、遼に手が出せないんだよ。オレはいつもおまえとしたいけど、おまえがどう思ってるのかわかんないから…」
「そんな…私はいつでも朱音としたい、って思ってるよ。でも良かった、いつも仲間外れにするから、怒ってるのかと思った」とほっとして言った。
「それは怒ってる。けど遼がオレの為にそうしてるのもわかってるから…。なあ、触ってもいい?」
遼が頷くと、朱音は遼をぐるりと1回転させ、Tバックのショーツにまた驚いて息を止めた。遼とこの下着があまりにも結び付かないので、あの友人の入れ知恵だろう、と朱音は確信した。江上の姉たちだ。さすがに忠たちがこれを買わせるとは思えなかった。
レースの上から柔らかい胸を優しく触った。先端が立っているのが見ただけでわかる。このブラジャーならほぼノーブラと同じだった。
「すげーいい。遼がこんなの着てたら朝まで何度でもできそう。でもこの下着は没収。会社に着けてくると嫌だから。オレの前でだけにして…」と言いながら、彼女の腰を引き寄せレースの上から胸の先端を口に含んだ。二人の体温が急激に上昇していく。
確かにこの下着で会社に行くと、朱音の仕事が手に付かなさそうだと遼は思った。
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