第6話 贖罪の月
「そいつが昔のやんちゃ仲間か」とミカが江上を
「はい、江上といいます」と悪気のない営業スマイルで答えた。
ミカは思わず噴き出した。
「で、僕らをどうするんですか?警察につきだす?それともライバル会社を攻撃させるとか?」
江上の提案にミカはにやりと笑ってから、
「どっちも後日うちが酷い目にあいそうだからやめとくよ。二人が組んだらどんなシステムでも破壊できそうだ。…今週末に何か大きな動きがある、と情報が入った。そうだろ、山田?」といかにも今日の遼の寝不足の理由を理解しているかのように聞いた。
江上が驚いて遼を見る。
「はい、昨夜アクセスがあったので、協力すると言ってあります。しない場合は何かしらの報復をするとありました。最上商事のバックドアは破壊してリペアしましたが、私と江上のデータを盗まれた痕跡がありました」
「え、先輩が脅されてるってこと?…すいません山田先輩、僕のせいだ…」
「いや、たまたま今回はそうなっただけで、江上君が何もしなくても同じようなことになったと思う」とあっさり遼は言い放った。
「へー、あんたが後輩をかばうとはね!成長したじゃん、うりうり」とミカが遼の脇腹に馴れ馴れしく
「先輩、会社に仲のいい女性がいたんですね、驚きました」
「江上君、彼女は最上化成の副社長よ。実質的な社長でもある。だから、仲がいい、というのは少し違うかも」と音声ガイダンスのように平坦に説明した。
「そうなの、宜しくね」とミカが江上の眼をじっと見つめて握手を求めた。
上の人や先輩に対しては反抗的な態度を取ることの多い彼にしては珍しく、すっとミカの手をとって固く握り返した。
「早速だけど紹介する。こちら私の古い友人の
仕事が終わった後に、以前ミカに連れていかれた中華料理店に4人が集まっている。
江上は千石を前に珍しく緊張していた。いや、身構えている、と言ったほうがいい。彼は警察とか政府、という存在に本能的に反感を覚えるタイプのようだ。
「はじめまして、山田です」「…江上です」
「宜しくお願い致します、千石です」と低い良く通る声で手を差し出した。
遼が手を差し出すと、彼はぎゅっと握りこんで悪意がないことを伝えた。江上にも同じようにする。
「とりあえず、食べながら話そうか」とミカが言って、4人とも着座した。千石は江上の警戒をまずは解こうと彼の隣に座った。良く人を見ている。
北京ダック・蟹肉入りフカヒレスープ・アワビの姿煮込み・極上乾燥ナマコと蛯子の煮込みなど大量の高級料理が運ばれてきて、円卓に乗せられた。誰も取り分けるようなメンバーはいないので、各自が好きなものを好きな量だけ取って食べる。合理的だ。
(朱音がいたらいそいそと他人の分まで取り分けそうだ。そう言えば昨夜の電話はなんだったのだろう?今夜、電話してみようか…)
そんな遼を見てミカがにやにやする。
(私が朱音のこと考えてるってバレてるな)
なんで彼女にはすぐにわかるのか、遼は不思議でたまらない。
「この場を設けさせて頂いたのはですね…」と千石がプーアル茶を飲んでから、おもむろに話し始めた。
「私はNISCの『事案対処分析グループ』に所属しています。そこでは、サイバー攻撃に関する情報収集を図りつつ、政府機関等に送られる標的型メールやマルウェアの分析を24時間体制で行っています。加えて、政府機関に対するサイバー攻撃事案について、必要に応じて、ログの解析やフォレンジック等の調査分析を行っているんです。
実は、以前からマークしてる組織的なクッラカー集団が人を集めており、日本政府のHPを標的にするとの情報が入りました。バックには潤沢な資金源を持つ反社会勢力がいる可能性があります。そちらを調べるうちに山田さんと江上さんにその組織が近づいており、たまたま友人である最上の会社の従業員とわかったのでお声がけさせて頂いた次第です」
一気に話して、もうミカにバトンタッチする気なのか、皿にレタスをのっけて北京ダックを包み始めた。マイペースな人物の様だ。
「え、千石、それで終わり?」
そのミカの質問に対して、『何か?』と言いたげに千石は彼女を見たので遼と江上は思わず笑った。
まあ確かに話は読める。
「要するに、今週末から始まる何かしらに対抗する為、敵に仲間と見せかけて政府に力を貸して欲しい、ってこと」とミカが説明し、千石はのんきに北京ダックを頬張って『うんうん、そうそう』と頷いていた。
あと二日しかないのに余裕だな、と遼が思っているのを読んだ千石は、
「もう作業スペースと設備は最上の本社近くのマンションに用意してあります。私もそこに詰めますので、週末からの攻撃を収束させて犯人があわよくば捕まるまで、協力してください。もちろん報酬は出ます」とナプキンで口を拭いながら言ったが、がっついたせいで拭いきれてない。憎めない人みたいだ。それに、こちらには断る権利もなさそうだ。
「最上のメリットはなんですか?」と遼が聞くと、
「ふふふ、よく気が付いた。うちは優秀な社員である2人がダ-クサイドに飲み込まれないことと、政府からウェブシステムの注意喚起、助言、情報提供・情報交換等を今後優先的にもらえることになってる。脅威を知っていたら防げる、ということもあるからな。一応うちも、標的になるくらいの価値がある会社だ、ともいえる。嬉しくないけど」と笑った。
遼たちに信頼を置いているのか、あまり脅威を脅威とも思っていない口ぶりだった。
「僕らのメリットは?」と江上が聞いた。言わずもがなだったが、ミカは即答した。
「会社での仕事内容・時間・勤務地など、今後最大限の融通を利かすことと、特別ボーナス」
遼が『まあそんなもんでしょ』って顔をしているのを見て、江上は、
「以前にもあったの?」と聞いた。勘が良い。
「まあね。あ、千石さん、口元に食事が付いてますよ」
「そうですか、ではちょっと失礼します」と言って立ち上がって出て行った。遼も少しして、
「私もお手洗いに」と立ち上がった。
「千石さん」と遼はお手洗いから出てきた彼を捕まえて、目を付けていた空き部屋に連れ込んだ。
「あなたは今回初めて私達を知ったという振りをしてる。嘘をつくあなたは信用できません。私は江上を道連れにしてるので、責任があります」
「…バレたか。さすが『非破壊工作グループ マルチビタミン』の首謀者、RYOだ。ふざけた名前を付けるだけある。もうずいぶん前になるけど、お久しぶり」
「あなたは、MANE?」
「当たりだ!どこから?」
「ミカさんからNISCのホワイトハッカーって聞いてから。あの6人のメンバーでEMA以外でホワイトになりそうなのはMANEとKiDしかいない。でもKiDは組織に向かなさそうだったからか残念だけどブラックになったようで、今回私達にお誘いメールを送り付けてきた。だからMANEだと」
「そうか。俺はね、あの時はまだ一般の会社のシステムセキュリティ課にいた。君からのお誘いが面白そうなのと報酬額が高かったのでMVに参加したら、あまりの君との能力の格差が悔しくてね、会社を辞めて勉強し直してからNISCに入った。いい気になってたからすごく屈辱的な体験だったけど、今となっては良かったよ。
で、RYOがどんな人間か知りたかったからNISCでこっそり調べた。大きな企業を潰したんだ、どんなやつかと思ってね。でも君の過去を知って合点がいったんだ。それからというもの、君の昔の罪につながるようなデータはどんな小さなものでも丹念に消したよ。過去の犯罪から君を見つけ出すことはもう不可能なくらいにね。
そんな折に友人のミカから君の事を調べて欲しいと依頼されて本当に驚いたんだ。ミカにはすべて知ってたことを教えた。申し訳なかったよ、勝手に教えて…怒ってるのかい?でもやっと本物のRYOに会えて嬉しいんだ」
背の高い千石はかがんで遼の顔を覗き込むように聞いた。
「怒ってない。自分がやったことの後始末だな、って思うだけ」
「くくっ、実物もクールだ。これから、ヨロシク」
「こちらこそ。あと、うちの会社と江上君を傷付けたら絶対に許さない。私はあなたも政府も信用してないこと、覚えておいて」
「わかったよ。二人に簡単に心開いてもらえるとは思ってない。でも、覚えておいて。EMAもそうだろうけど、MANEも君のテク、ひいては君に夢中だってこと」
「…覚えておく」
遼がドアを開いて部屋から出ると、新しい空気が肺に入ってほっとした。争いは心底苦手な彼女だが、避けられないナックルタイムに自ら進んで向き合っていた。
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