第42話:祝賀会と運命の糸③
宴もたけなわな頃のこと。主催者の血縁、および今回の功労者ということで引っ張りだこだったシグルズは、やっと解放されてあちこちを歩き回っていた。近くに身内の姿を見つけたので、声をかけてみることにする。
「長、失礼します。ティナ殿をお見かけになりませんでしたか」
「ん? ああ、先ほど話しかけられてな。少々のぼせたから、上の
申し訳なくてな、と苦笑いする父親に、無言で首肯を返す。ここのエルフたちは穏やかで気のよいものが大半だが、代わり映えのしない日々に少々飽きている節がある。そこへ持ってきて今回のような派手やかな冒険譚があり、その主役がうら若くも美しい少女だというのだから、騒ぐなと言う方が無理な相談だろう。
……当の本人は、正直それどころではないはずなのだが。
「……いえ、大した用ではないのです。ただ、先程は相当な衝撃を受けておられたようだったので、気になって」
夕刻近くに戻ってきた郷で、再会した女神から聞かされたことを反芻しつつ言葉を紡ぐ。
己にそのような力があるなど、予想もしていなかったのだろう。言われたことを理解して飲み込むために、必死で平静を保っていた。いつも朗らかなひとだけに、こわばった表情が痛々しくて、胸が苦しかったのを思い出す。
だからといって、自分に何かが出来るかと言われれば自信はない。ひとりでいる方が、よほど心静かでいられるかもしれない。ただ、シグルズが心配で、彼女にひとりになってほしくないだけだ。余計な世話になりはしないかと、探しながらずっと悩んでいるのだが――
びしぃっ!
「いっ!?」
「これ、辛気くさい顔で黙り込むでない。そなたの母親の快気祝いだぞ」
「も、申し訳ありません……」
目の前に星が飛んだ。容赦なく指弾された額を押えさてあやまると、予想に反して長は笑みを浮かべていた。微笑ましそうな、それでいて少し寂しそうな表情だ。
「……やれやれ。二日足らずで急に成長したというか、男の顔になったというか」
「はい?」
「いや、何でもない。気にかかるなら様子を見に行ってくると良い、ひとの厚意を無にする御仁ではあるまいて」
「は、では失礼します。――……あの」
「うん?」
「先の件、お許しをいただきありがとうございます。精進いたします、…………父上」
半ば背を向けた体勢で、最後の一言は本当に小さい声で告げて、ぱっと身を翻す。しばしきょとんとしていた長は、走っていく息子の耳が真っ赤になっているのを見て取って、思わずぷっと吹き出してしまった。まったく、ああいう意地っ張りなところは小さい頃のままだ。
「……そう呼ばれたのは久方ぶりだなぁ。やはり嬉しいものだ、うん」
頑張れ
樹の上に建つ長の居館。その露台からは、広場の賑わいがよく見えた。風に乗って楽しそうなざわめきが届いてくる、そんな中。
「はああああ……」
『ぴ、ぴ』
「あーうん、大丈夫だから。ちょっぴり疲れただけだから」
露台に置かれた籐編みの長椅子に、ぐったり寄りかかっているティナがいた。背もたれに留まって心配そうに鳴くルミを、もふもふ撫でてやりながら遠い目をする。
「パーティーってちょっと憧れてたけど、こんなに疲れるもんなんだね……世間のお姫様とかお嬢様はスゴいわ、ほんと」
『ぴぴ~』
「え、ドレス似合ってる? ありがと。奥方様と侍女さんたちが選んでくれたからねー」
何とか身を起こしたティナは、女性陣が全員一致でイチ押ししたコーラルピンクのドレス姿だ。髪はサイドから編み込んでハーフアップにし、レースみたいに繊細な金細工の髪飾りで留めている。靴はハイヒール、だと怖いので、バランスが悪くならない程度に低いものにしてもらった。
支度が終わったときは正直、鏡の前で二度見したものだ。そのあとこれまた可愛くドレスアップしたフェリシアと一緒に会場入りしたら、みなさんで拍手してくれるわ褒めまくってくれるわ。なんだか、七五三で晴れ着を着たときのことを思い出してしまった。
しかし、である。
「……なんか、えらく大事になっちゃったなぁ」
靴を脱いで、椅子の上でひざを抱える。行儀が悪いのは重々承知だが、こうやって丸まった体勢がいちばん落ち着くのだ。
――日中、衝撃のカミングアウトを受けて仰天したことは記憶に新しい。だがしかし、話はそこで終わらなかったのである。
『それでね、ティナには出来るだけ広い範囲で動き回ってほしいんだって』
イズーナが運命の女神から預かってきた伝言によると、原因がわからない以上これからも似たケースが起こる可能性が高い。なにせ糸の数は膨大なので、確認して回るだけでも恐ろしい時間がかかるのだ。
流れからすると、ティナの向かう先にそういう事例が出現しやすいようなので、ひとまず人口の多いところを歩いて回ってみてほしい――という、雲をつかむような頼み事で。しかも、
『あ、今回みたいに戦うことになっても大丈夫よ? ティナにその気がないからと思って黙ってたけど、あの林檎食べた人ってものすごーく自然から愛されるの!』
例えば、厚く積もった雪の上を歩いても沈まない。密集した木々の間を通ろうとすれば、枝が自然に分かれて道が出来る。動物にはことごとく好かれるし、呼びかけて明確に指示を出せば精霊たちも必ず力を貸してくれる、らしい。
『つまりあれよね。ほら、ティナんちでいうところのチート設定ってヤツ!』
そんなメタいセリフを堂々と言って、自慢げに胸を張っていらしたイズーナが脳裏に蘇り、さらにへこんでしまった。
「……いやね、お手伝いするの自体はイヤじゃないんだよ? そのうち他のとこにも行ってみたいなぁとは思ってたし。
ただ、ここまで話が大きくなるとは思ってなかったから、付いていけてないだけで……」
のんびり平和に暮らす予定だったのに、なんでこんな事態に巻き込まれているんだろうか。抱えたひざにほおをつけて、肺が空っぽになるほど大きくため息をついた。
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