第45話:クラージュの市場にて①
フェリスタシオン王国。ファンドルン大森林の、主に北側に広がる国の名だ。国土はほどほどの広さだが土壌に恵まれており、古くから農耕とその産物による貿易を要として栄えてきた。西と北側は山、東側の一部を海に囲まれており、王都クラージュを経由して流れる大河と大小の運河によって、国内での交易も活発に行われている。
「とまあ、うちの国はだいたいそんなとこだ。なんか他に聞きたいことあるか?」
「あ、い、今のところ大丈夫ですっ」
「……叔父様、いっぺんにお話になるからティナさんが混乱なさってましてよ」
「いやフェリシア殿、どちらかというとこの人混みに怯えているらしい」
いきなり大通りはまずかったやもしれぬ、と難しい顔つきで見下ろすシグルズの碧い目は、フードを目深にかぶって小さくなっているティナを気の毒そうに眺めていたりした。
銀葉郷を出発してからはや数日。一同は道中でトラブルに巻き込まれることもなく、無事に首都のクラージュにたどり着いていた。フェリシアとバルトの出身地でもあるここは、政治的にも経済的にも国の中心となる百万都市で、町の門を潜ったときからそのスケールの大きさに圧倒されまくりである。
(うわあああ、こんなことなら引きこもってばっかりいないで村にくらい行っとけばよかったーっっ)
何せ、道の広さからして全然違う。片側二車線くらいはありそうな目抜通りを、荷馬車やら普通の馬車やら馬に乗ったひとやら、さらには徒歩のひとやらがガンガン行き交う。どこをどう歩いていいのやら、つい先日まで森でのんびり暮らしていた身にはなかなかハードな問題だった。
「あー……その、なんかすまん。年々人が増える一方なんだよなぁ」
「都市部の宿命というやつですわね。外側に居住区が建て増しされて、どんどん膨れ上がってますもの」
『きゅう』
『あちこちから出稼ぎに来る人も多いっていうのよ。あの辺とかもにぎやかなのよ~』
「……お前な、堂々と人を乗り物にすんな」
『だっておにーさんの頭、ちょうどいい形で乗っかりやすいのよ』
「乗っていいって言った覚えはねぇっつの!」
「まあまあ、叔父様落ち着いて。うーちゃんさんもスフレさんも他の方には見えないんですから、ここで漫才し始めるとちょっと不思議なことになりますわよ」
「……お前はいいよな、話が通じるやつが相方で」
「ふふふ、人徳ですわ♪」
『きゅうっ♪』
半眼で唸る叔父と楽しそうな姪のコンビ。その頭上と肩に乗っているのは、
『だってボク、もっと修行してみっちゃんたちの役に立ちたいのよ。おねーさんたちと一緒ならいろいろお勉強になると思うの』
『きゅうきゅう!』
『ぴぴー、ぴ』
「うん、スフレちゃんも右に同じくだって。ふたりともえらいねえ」
「だああっちょっと待て! いまこの場で撫でようとすんな、沽券に関わるっ」
「……案ずるな、誰も立ち止まってまで見ようとはすまい。そちらはな」
ちっちゃいものたちの主張とルミの通訳に和んで、思わず手を伸ばそうとしたところ盛大に身を引かれた。それを諌めるシグルズがやけに遠い目をしているのは……きっと門からここまで、老若男女問わず二度見されまくったからだろう。
(シグさん、耳さえ何とかすればいいと思ってたんだろうなぁ)
今シグルズは郷から持ってきた幻術の腕輪で、耳の形を丸く見せている。しかし端正な顔立ちときらきらしい金の髪はそのまんまなわけで、人混みの中でも恐ろしく目立つのだ。現に通りをはさんだ向こう側で、こっちを見つめてきゃあきゃあ言っているお嬢さん方がいらっしゃるし。
……ここは今後のことを考えて、芝居のひとつでも打っておくべきだろう、うん。
「シグさんシグさん、ちょっと腕貸して」
「はあ、構いませぬが――っ!?」
何の気なしに頷いたシグルズの声がひっくり返った。相手がぎゅうっと片腕にしがみついて、連れ添っているような体勢を取ったからだ。割合近くからきゃー、と黄色い歓声が聞こえた気がするが、正直それどころじゃない。
「っティナ殿! 何をなさっておいでか!!」
「うん、端的にいうと虫除け? さっきからいろんなひとが見てるから、シグさんのこと」
「それは知っておりますが! だからといって貴女がこのようなことをされずとも」
「まあまあ、減るもんじゃないし。わたしもこうしてればちょっと人混みが怖くないから、助けると思ってぜひお願いしたいんだけどなー」
笑顔で頼んでみたところ、相手はぐっとうめいて黙り込んだ。しばしの間視線をさ迷わせてから、
「…………ひ、必要なときだけと約束して頂けるなら」
「はーい!」
「そいつに関しては断る、っていう選択肢ないのな。お前」
「放っておけ!!」
あまりの押しの弱さにからかいが八割の声をかけたバルトに、ものの見事に耳まで赤くなったエルフが言い返していた。そのうち尻に敷かれるに違いない。
「――バルト様、フェリシア嬢!!こんなところにおいででしたかっ」
愉快なやり取りを押しのけて、名指しの呼び掛けが飛んできたのは、ちょうどその時だった。
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