第46話:クラージュの市場にて②

 げっ、とうめきつつ、バルトが勢いよく振り返る。いっしょにそちらへ視線を移したティナたちは、すぐに人混みをかき分けてやって来る人影を見つけることとなった。

 「よ、ようトリスタン、久しぶり。相変わらず仕事一徹って顔してるな、ちゃんと休んでるかー」

 「これが地顔です、そしてここ数日休めていないのは間違いなく貴方がたが原因です!!」

 「……フェリシアさん、二人とも知り合いなの? あのお兄さん」

 「ええ、まあ。甚だ不本意なことに、ですけれど」

 「さも嫌そうな口調で仰らないで下さい! さすがに私も傷付きますっ」

 不機嫌を絵に描いたみたいな膨れっ面で言い切るフェリシアに、情けない声で訴えたのは二十歳過ぎくらいの青年だ。短く切った黄褐色の髪に紺青の瞳、整っているが生真面目で融通が利かなさそうな顔つき。いかにもファンタジー世界らしい銀色の鎧と、鮮やかな濃い青のマントがよく似合っている。格好からすると騎士とか、そういう立場のひとのようだ。

 が、そんな身分のありそうな相手を前にしているというのに、フェリシアは全くもって容赦がなかった。腕組みこそしていないが、明らかにおかんむりな口調でつけつけと言いつのる。

 「大方、騒ぎが大きくなったのはお祖父様のせいでしょう? いい加減に私用で騎士を動かすのをやめていただきたいのですけれど。

 だいたいあの方に直接言われたからといって、抱えた案件全部放り出してまでこちらを優先するとかなに考えてますの。そんなだから身内びいきのお役所仕事って言われるんですのよ!」

 「うううっ! か、返す言葉もありません……が、いま少しご自分のお立場というか地位を考えられて、ですね」

 「やなこった、ですわ。第一、うちのお母様はもうよそに嫁いでるんですから、そういうお説教はまず叔父様にしてくださいなっ」

 「そんな殺生な……!」

 『……おおう、辛辣なのよ~』

 「まああいつに口で勝てるやつはそういねえな、うん」

 「お主、今さりげなく姪御殿に売られていた気がするのだが……」

 「気にすんな、どーせ俺も説教される運命だからよ……なんなら先に行っといてくれていいぞ」

 恐れおののくうーちゃんとシグルズを諭しつつ、このあとの苦行を思ってか目が死んでいるバルトである。

 そうはいっても、見るからに神経質っぽくて話の長そうな知り合いの前に放り出して逃げるのは寝覚めが悪いし、どこに何があるのかもわからないのに、初めて来た同士でうろついても迷うばかりだ。なので代わりに、積極的に会話に混ざってみることにする。

 「ええと、じゃあフェリシアさん、森につくまで騎士の人に追っかけられてたんだ。

 フェリシアさんのおじいさんてことは、バルトさんのお父さんでしょ? よっぽど偉い人なんですね」

 「……あー、そうだな。えらいのはえらいぞ、うん。家族っつーか、特に孫に関しちゃネジが飛ぶけど」

 「バルト様! またお父上に対してそのような――」

 困ったもんだ、とため息交じりの野伏に、またしても小言を言おうとしたトリスタンがびしっ! と固まった。視線はバルト――ではなく、その手前で首をかしげているティナに向けられている。何故だろう、ちょっと前のどこぞのエルフ並みに赤くなっている気が。

 「……あのう、わたしの顔に何かついてます?」

 「いっ、いいえ、滅相もない! 申し遅れました、私は中央騎士団第三部隊『蒼狼』所属、トリスタン・マンデルと申します!

 面識のない女性がいらっしゃるにもかかわらず、ご挨拶もせず内輪の話ばかり致しました、申し訳ありません」

 「あ、ご丁寧にどうも。フェリシアさんと仲良くさせてもらってます、ティナといいます。こっちはルミちゃん」

 『ぴっ』

 「ティナ嬢とルミさん、ですね。……良いお名前だ」

 なるほど、非礼をしたことに焦っていたのか。さすがは騎士と言うべき礼儀正しいあいさつに、こちらもフードを取ってぺこ、と相方共々頭を下げる。片手を胸に当ててお辞儀を返してくれた相手は、目が合うとはにかんだような笑みを返してくれた。若干口やかましいが、悪いヒトではなさそうである。

 ……そんな光景のすぐ背後で、シグルズが無言のまま恐ろしい仏頂面をしていたことには、幸か不幸か双方が気付いていなかったのだが。

 「あらまあ、いきなり好敵手が増えましたわねぇ。うふふふ」

 『きゅう?』

 「……どーやってイジってやろうか、みたいな悪い笑顔を浮かべるんじゃない。お前は」

 『天然て罪作りなのよ~』

 ついでに、蚊帳の外の一同がそんなことを言い合っていたのも、ティナのあずかり知らないところである。


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