第47話:クラージュの市場にて③

 「――ところで、ティナ嬢はどのような御用向きでクラージュに? お二方と懇意にされているようですが」

 「はい、フェリシアさんをおうちまで送っていくところです。あとは観光というか、社会勉強というか」

 まさか運命の糸がうんぬん、というあたりを初対面の人に話すわけにもいかないので、あらかじめ決めていた理由を伝えておく。少なくとも見聞を広めるシグルズに同行するのは確定だから、嘘はいっていない。

 案の定そうでしたか、とあっさり頷いてくれたトリスタンだったのだが、すぐに真面目な顔を曇らせて申し訳なさそうな表情になった。主にフェリシアの方を伺いながらおずおずと、

 「その、大変申し上げにくいのですが、フェリシア嬢の出奔および捜索について報告をしなくてはなりません。こちらから御自邸へ連絡いたしますので、先に詰め所の方へ……」

 「だって。フェリシアさん」

 「イヤに決まってますわ! 私を捕まえるように仰ったのは単なるワガママでしょうに、後で自分たちで直に文句を言いますから不要ですっ」

 「文句ってお前な……」

 「……その場合、祖父殿の精神が心配だな。孫は可愛いものだと言うし」

 「確かに……しばらく立ち直れないかも」

 『ぴっ』

 きっと騎士団のOBとかそういう身分なんだろうが、これだけ気にかけている孫娘にあんな勢いで食って掛かられたら、結構なダメージになりそうだ。仏頂面を引っ込めて穿ったことを言うシグルズに同意しつつ、他人事ながらちょっぴり気の毒な気分になるティナである。と、

 「おーい、トリスターン! 済まないが君に頼み――っ、師匠!?」

 元気よく呼び掛けながらやって来た男性が、人垣を抜けたところでものすごく驚いた声をあげた。

 服装はトリスタンと同じだが、多分もう少し若いくらいだろう。襟足でくくった濃い紅の髪、明るく澄んだ紺碧の目。見るからに活発で生き生きとした顔立ちに、ぱあっと太陽のような笑みを浮かべ、バルトの両手を取ってぶんぶん上下に振ってくる。

 「師匠、お久しぶりです!! このセドリック・エルトベーレ、お帰りを一日千秋の思いでお待ちしておりました!!」

 「おう、ありがとな。そっちも元気そうで良かった。……ただその、師匠ってのはやめてくれ。落ち着かねぇし親父さんに叱られる」

 「何をおっしゃる! 人生の師は何人も持った方がよいと父も申しておりますぞ!!

 フェリシア、君も無事で良かった。ファンドルンまで行ってきたのだろう、エルフには逢えたか? 郷はどんな様子だった?」

 「ええ、それはもうバッチリと。お喋りすることがたくさんありますから、また兄様を訪ねて下さったときにでもお話しますわね。セド」

 「はっはっは! それは楽しみだ!!」

 うって変わってとても楽しそうに会話が弾む叔父姪コンビと紅い髪の青年。話し方も声も、外見同様はつらつとしていてとても気持ちがいいひとだ。そうこうしているうちに目が合ったので軽く会釈すると、ニコッと効果音が聞こえそうな満面の笑みが返ってきた。おお、まぶしい。

 「ときに師匠、そちらの方々は?」

 「ん? ああ、出先で知り合ってな。いろいろ見て回りたいっていうんで連れてきた。

 こいつはセドリックっていって、上の甥っ子の幼なじみだ。前にちょっと剣術を見てやったことがあってな」

 なるほど、それで師匠か。

 「お初にお目にかかる」

 「初めまして! ……あの、そういえばさっきトリスタンさんのこと探してませんでしたっけ?」

 「おお、そうだった! かたじけない!

 班長殿がまた脱走したから探すのを手伝ってくれと、上から伝言なのだが」

 「それをもっと早く言えー!!」

 またあいつか! と、見守り体勢から一転して怒りの形相になるトリスタンである。どうやら日頃から迷惑をかけられているらしい。

 「火急の用が出来ましたのでひとまず失礼いたします! オランジェ邸でお待ちください、必ず伺いますから!!」

 「では師匠、フェリシア、失礼します! 同行のお二方にとって、クラージュが良き地でありますよう!!」

 大急ぎできびすを返しつつちゃんと釘を刺していくトリスタンに、相変わらず爽やかな笑顔であいさつしながらセドリックが続く。手を振って見送ってから、ティナは相方を手のひらに乗せてふふっと笑った。来たばかりなのにもう知り合いが出来るなんて、何だかうれしい。

 「にぎやかで楽しい人たちですね。ねールミちゃん」

 『ぴい』

 「……ああいった御仁ばかりなのか、中央騎士団とやらは」

 「恐ろしいこと言うな、あいつらは特別個性的なだけだっつの」

 「とりあえず移動いたしましょう。あの二人からお祖父様や周りの方に連絡が行くでしょうし、ばたばたする前に兄様たちにご紹介したいですわ」

 「だな」

 突発事態により大分のんびりしてしまった一同は、今度こそオランジェ家への道をたどり始めたのだった。

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