第48話:花咲くオランジェ邸①

 市街を抜けていくと、やがて緩やかな丘の上に建つ王城が見えてくる。それを正面にして右手に曲がり、道なりに進むと、徐々に建ち並ぶ家の様子が変わってきた。


 二階建て以上の建物や離れ付きのところが増え、門扉も庭の規模もかなりのものだ。いわゆる山の手のお屋敷街というやつだろうか。


 「我が家はこの通りの一番奥にありますの。もう少し歩きますけれど、その分一見の価値はありますから」


 「? うん」


 にこにこと楽しそうに言うフェリシアにうなずきつつ、価値って何だろうと首をかしげるティナだ。


 『……あれ、なんかすっごくいい香りがするのよ。お花?』


 「そういやそんな季節か。毎年張り切ってんなぁ」


 「母様と兄様のライフワークですもの。今回は屋根に乗せたりアーチに這わせたりして、見せ方も工夫なさってましたわ」


 そんな会話を交わすうち、馬車二台が余裕ですれ違える広い私道は終点に差し掛かった。いちばん突き当たりの右手に大きな鉄の門があり、向こう側から何やら明るい歓声が聞こえる。小さい子供のはしゃぐ声、のようだ。


 「さあ、到着ですわ。ようこそオランジェ邸へ、当主自慢の前庭をご堪能くださいませ」


 「わあ!」


 開いていく門の向こうを指し示してにっこりする友人のことばに、ティナの歓声が続いた。


 前庭――というか、もはや個人宅レベルを軽く超す規模の庭園が広がっている。瑞々しい葉を茂らせた垣根と花壇が左右に続き、そのどれもが元気よく花を咲かせていた。


 草花のみならず散歩のための小路や、アーチや四阿をバランス良く配置していて、気持ちの良い空間が作られている。その遙か向こう側に、白い壁と青い屋根を持つ屋敷が堂々と建っていた。


 ちょうどバラの季節で、吹いてきた風に乗って甘い香りがふわっと漂ってくる。まるで庭に歓迎されてるみたいだな、と嬉しくなっていると、さっきの声がわりと近くまで来ているのに気付いた。側の垣根の影からてててっ、という軽い足音がして、


 「ハティ、まってー! もうすぐ姉さまたちが帰ってこられるから!」


 『わんっ』


 飛び出してきたのはもふもふな茶色い子犬と、その後を追いかける男の子だ。年の頃なら八、九歳、ふわふわした白金色の髪と明るい水色の瞳が可愛らしい。


 柔らかそうなシャツにサスペンダー付きの半ズボンとシンプルな服装だが、仕立てがいいのでかえって品良く見える。どこかの垣根をくぐってきたのか、髪にバラらしき花びらが何枚か絡まっていた。


 しっぽをぶんぶん振る子犬を抱き上げて、ふうと一息ついた男の子の目がこちらに留まる。とたんにそれこそ花が咲くような、心の底からうれしそうな笑顔がこぼれた。原因は言うまでもない。

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