第五章:

第44話:独白④


 《――おいで。おいで》


 呼んでいる。誰かが。

 

 《こちらへ、おいで》

 

 呼んでいる。ぼくを。

 

 

 とことこと、おぼつかない足音が、真夜中の廊下を進む。

 初夏とはいえ、日が落ちると屋内は時折すうっとする。そんな中を寝間着姿の子どもが、裸足で歩いているのだから冷えないわけがない。

 だというのに、本人は全く気にする様子がなかった。うなだれて床に視線を落としたまま、身体をふらふらと揺らしながら歩き続ける。まるで見えない誰かに引かれているかのごとく、両手を前に出して。

 階段を降りて、一階の廊下を進んだ先、庭に出る勝手口までたどり着いた。ドアノブにそっと手を伸ばして――

 ぱしっ、と、細い手首を掴まれる。低い声が鋭く呼ばわった。

 「――アル。アルフォンス・ロビン、起きなさい」

 「っ!」

 威厳のある力強い声音に、薄い肩が大きく跳ねた。ぱっと顔を上げた少年の目に、自分を捕まえている背の高い人影――いちばん上の兄の姿が映る。どうしてだろう、ほんの少し息が上がっているような。

 「……あれ、ゼフィ兄さま? えっと、ここは」

 「おはよう、というにはまだ早すぎますね。寝ぼけて行き先を間違えたらしいですよ」

 「ええっ、ご、ごめんなさい! また――っくちゅ!」

 きっと急いで追いかけてくれたのだろう。あわてて謝ろうとしたら、飛び出たくしゃみで中断してしまった。恥ずかしくて真っ赤になっていると、大きな手がぽんぽんと優しく頭を撫でてくれる。自分のガウンを着せかけながら、

 「おや、冷えてしまったかな。今夜は一緒に寝ましょうか。

 フェリシアに焼き餅を焼かれてしまうから、内緒ですよ?」

 「はあいっ」

 冗談めかして人差し指を口元に当ててみせる兄に、やっと笑顔を見せたアルフォンスが裸足のきびすを返す。その手を握ってやりながら、ゼフィと呼ばれた青年は眉をひそめた。弟に気付かれぬよう、ほんの少しだけ。

 丈が余って折り返している、弟の寝間着の袖口。そこについていた細い糸のようなものが、彼の指先に触れたからだ。


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