第52話:花咲くオランジェ邸⑤

 とことこと軽い足音が遠ざかっていく中、シグルズは額に手を当てて思い切りため息をついていた。明らかにへこんでいる当事者に、フォローしてくれたヘルミオーネが声を掛けてくる。


 「ごめんなさいね、あの子とっても楽しみにしてたから。ふだんはわりと人見知りする方なんだけど」


 「は? ……いや、全くそうは見えませなんだが……」


 「うふふ、今回は特別なの。さっき泉で修行してる、って言ってたでしょ?

 うちの家系は代々、精霊に関する魔法が得意なひとが多くてね。今ならゼフィが風、シアが炎、アルは水って感じで」


 そんなわけで、アルフォンスはまだ幼いながらも水に関する術において才覚を示している。その修行の場としているのが、例の瑞碧ずいへきの泉――銀葉郷にある霊泉を分けてもらったものなのだそうで。


 「泉が生気をなくしたときは、弟も大層気落ちしていました。シアが言伝を携えて出発してからも、毎日のように様子を見に行っていて……そうしたら、ですね」


 ゼフィルスいわく、ある日突然ごぼっ! と音が鳴って、減っていた水がものすごい勢いで湧き始めたらしい。そのとき澄んだ水面が映し出したのが、遠く離れた銀葉郷の光景だったのだとか。


 「ほんの一瞬ですが、叔父上やフェリシアと共に戦う方々の姿が見えたそうで。お二人とも美しかったけれど、弓矢で魔物を仕留めていたエルフの男性がとても格好良かったと。夜更けまで大興奮でしたね」


 「そうそう。ぼくも弓矢習うー! って言い出して大変だったのよ? そんな絶賛憧れのひとが目の前にいるんだもん、はしゃぐなって方が無理よね~」


 「まあっ、姉様だってがんばりましたのに! 私には何も言ってくれてませんわっ」


 「そこで張り合うなっつの」 


 「シグさん、これはがんばって優しくしなきゃね! ファイトー」


 『ぴぴっ!』


 『きゅうきゅう』


 「うう……鋭意努力いたします……」


 なんとも微笑ましいエピソードである。和やかに話してくれる兄と母に対し、ひとり納得いかなかったフェリシアがほおを膨らませていたりするが。


 困り切ったような照れくさいような、どうにも難しい表情で唸っているシグルズを励ましていると、再びゼフィルスが口を開いた。


 「――ところで皆さん、もしや妖精か精霊のたぐいをお連れになっているのでは?」


 「え、ゼフィルスさんわかるんですか! やっぱり気配とか?」


 「はい、風の精霊がおおよそのことを教えてくれますので。ティナさんのそばにおひとり、こちらはルミさんでしょうか」


 『ぴっ!』


 閉じたまぶたの向こうから見透かすように、ぴったりティナの肩に顔を向けて言う。きっちり返事したルミもどこか驚いている雰囲気だ。


 「あとはフェリシアのそばにも。……叔父上のところにいた方は、先ほど席を外されたようですね」


 「おう、やっぱ気づいてたか。アルを追いかけてったぞ」


 「ホントだ、うーちゃんいなくなってる!」


 いつの間にか、かわいい淡水竜が姿を消しているじゃないか。さっきまでバルトの頭の上でくつろいでいたのに、話に気を取られて全く気付いていなかった。


 「あらやだ、まだ他にもお客様がいるの? ごめんなさいね、何もおもてなししてなくて」


 「兄様の感知力はずば抜けてますもの。それにスフレさんは春ウサギさんなので、タルトは食べられませんし」


 『きゅ』(こっくり)


 「ウサギさんなの! じゃあレタスでも持ってこようかしら。私にも見えないかな~」


 この辺にいるの? もうちょっと右側ですわ、とステルスモードのスフレを撫でようときゃっきゃしている母娘である。やっぱりミオさんも可愛い子が好きなのかなぁと、和みまくりながらティナはそう思って――


 『――うにょわ~~~~!?』


 突如響き渡った珍妙な悲鳴に驚き、口に含んでいた紅茶でむせ返った。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る