第30話:長と王子と奥方のこと①

 こちらの季節は初夏になろうかというところで、森のなかでも日向を歩いていると汗ばんでくる陽気だ。日本のような梅雨はないそうなので、このままカラッとした夏に移り変わっていくのだろう。

 銀葉郷の気候は、そんな外界とは数ヵ月ぶんくらい差があった。暑くも寒くもない、春になりたての頃のような気温と湿度でとても過ごしやすい。ここは基本的に晴れで、時おりある雨も土砂降りになることは滅多にないのだとか。

 「この木々のおかげだな。彼らが余分な水を吸い上げて幹に蓄えてくれるから、雨になって戻ってくるものが多すぎなくてすむ」

 「じゃあこの辺りって、元々水気が多いところなんですね」

 「はは、そうだなぁ。我らの祖先が移り住んで来るまでは、木々も疎らで湿地帯のようであったと聞いているよ」

 なんと手ずからお茶を入れてくれた上、穏やかにそんな話をしてくれるグリーアンに、ふんふんと一生懸命うなずいて聞いているティナだ。……最初こそあまりの綺麗さに仰天してしまったが、いざ向かい合って口を開いたらとっても話上手なひとだったのだ、これが。

 そして、何よりも安心したのがこちら。

 『きゅう~……』

 「すっかり落ち着いてますねぇ、ウサギさん」

 「春ウサギは基本的に、霧のまがきから外へは出ぬからな。も滅多なことでは郷を離れぬゆえ、土地の気配が色濃いのだろう」

 すっかりなついた様子で、長衣ローブの膝に乗せて撫でてもらっているパステルイエローのかたまりがいた。ティナ以外が近づくと警戒しまくっていたというのに、これが人徳ってやつなんだろうか。

 「あのーおさ、その理屈でいくと、こいつの立場がなくなる気がするんですが。俺」

 「微妙な援護は止せ、余計惨めになる……!!」

 「……あんな遠くに座らなくていいのに」

 「ですわねえ」

 同じテーブルのはしっこについているバルトと、同じく所在なさげにしているシグルズがこっそり発言する。いつか見た光景だなぁと思いつつ隣のフェリシアと言い合っていたら、

 「何だふたりとも、そんな下座に付いて水くさいなぁ。ほれ、昔のようにのそばに座るがよいぞ」


 ごほっ!!


 突如落っことされた爆弾に、男性陣が思いっきりむせた。しかし驚いたのはティナも同じだ。思わずウサギ越しに身を乗り出して聞き返してしまう。

 「父っ!? えっとあの、じゃあふたりとも兄弟なんですか!?」

 「うん、シグルズは余の実子でな。バルトの方は幼い頃、委細あってここで預かったことがある。いわば義兄弟になるか」

 「うええええ!?」

 「まあ、それは失礼いたしました。わたくしったら何も存じ上げなくて」

 「い、いや、それは私が言わずにおいた所為ゆえ……」

 急いで席を立って『叔父がお世話になりました』と丁寧にあいさつするフェリシア、意外と律儀な性格なのかもしれない。なんとか復活したシグルズがとりあえず返事して、のほほんと自分でいれたお茶をすすっている父親(断じてそんな歳には見えないが)を恨みがましい目でにらんだ。

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