第31話:長と王子と奥方のこと②

 「……長、執務中は公私を区別したいと申し上げたはずですが」

 「その心がけ自体は立派なのだがなぁ、お主の場合は仕事がすんで戻って来てもほとんど話をせんではないか。ここ数日は妙に浮き足立っておったが、任務のこと以外何の報告もしてくれぬし……

 こうやって親に引き合わせたいほど好いた相手が出来たなら、早う相談してくれれば良いのに。父は悲しいぞ」

 「お呼びしたのは長の御用命ゆえです、そういった事実は一切ありませんッ!!」

 「……お前な、語るに落ちるって言葉知ってるか? いっそ鏡でも持ってきてやろーか」

 「結構だ!!」

 わざとらしく目元を覆っている族長と呆れ顔の腐れ縁に挟まれて、全力でからかわれるシグルズがまたぞろ耳まで赤くなっている。言動から何から全て、反抗期まっただ中の高校生みたいだ。ぶっちゃけ微笑ましいったらない。

 正直ずっと見物していたいのだが、このまま放っておいて真面目な彼が本格的にへそを曲げてしまっても困る。それに、大切な用事を抱えている人だっているのだし。

 「……あのう、お取り込み中すいません。そろそろフェリシアさんの相談を聞いてもらってもいいでしょうか」

 「おお、相すまぬな。せがれと久しぶりに話した気がしてつい」

 「ふふふ、ではお二方の為にも、早く済ませてしまいましょう。――わたくしの実家に、こちらから分けていただいた泉があることはご存知だと思います。この度、そちらで少々問題が起こりまして」

 ティナの発言を受けて、フェリシアがきびきびと説明してくれたところによれば、だ。

 彼女の家は代々、エルフやドワーフなどの人間以外の種族との連携、および相互の連絡などを取りまとめる役目を任されている。そしてずっと昔にそれが決まった際、銀葉郷の長から賜ったのがくだんの泉だった。

 澄み切った水を満々と湛えたこれは、清めたものに水の加護を与え、口にしたものの病を癒し、また神官や巫女にとっては先見の水鏡にもなるという素晴らしい霊泉だ。だからこそ、管理には万全の注意を払っていたのだが……

 「ですがここのところ、泉の水が少しずつ減ってきているのです。精霊と親しい術師の方にも見ていただいたのですが、生気を無くして枯れつつあるようにしか見えない、と……

 本来ならば次期当主である兄が参らねばならないのですが、どうしても家を離れられない事態が起こってしまい、わたくしが使者に立ちました。長どの、何とぞお知恵をお貸しくださいませ」

 至極真剣な顔つきでそう結んで、深々と頭を下げる。初めて聞くことだらけだが、親子だんらんのためにさっさと済ませられるような案件でないことは確かだ。となりでいっしょに頭を下げたティナの向かい側から、落ち着いた声が応えた。

 「――話は解った。あれが枯れた、濁ったとなればそなたの家だけでなく、人の子全てにかかわる大事だ。よくぞ知らせてくれたな」

 「いえ、とんでもないことです。こちらを信頼して預けて下さったものですのに……」

 「良い良い、不具合が早く見つかったのもきちんと護り育ててきてくれたおかげよ。問題が小さいうちならば、いくらでも打つ手があろうぞ。

 さて。今の話を聞いていて、思い当たる節がある。座ったばかりですまぬが、ちと付き合ってくれるか」

 「はいっ!」

 しょんぼり肩を落とす相手を鷹揚に諭して、長が席を立つ。そんなすごい泉を分けて増やしたり出来るなんてさすが異世界だなぁと、ちょっとズレた感心をしていたものだから、ティナはあいにく気づかなかった。

 同じく後をついていこうとしているシグルズが、ほんの一瞬だけとても苦しそうな表情をしていたことに。


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