第6話:麗しの狩人②
(うそっ、誰!?)
本気で血の気が引いたティナだが、相手はそのまま首を絞めるとかいったことはしなかった。素直に動きを止めたのに安心したのか、さっきより険の取れた声で言ってくる。
「大人しくしていてくれれば、手荒なことはしないと誓おう。いくつか確認したいことがある」
こくこく、とうなずいてみせると、一拍おいて手が離れていった。そうっと背後を顧みて、ティナの目が点になる。
「……わあ」
それはもう、絵に描いたように綺麗な青年だった。満月の光を紡いだみたいな淡い金髪、透き通った碧の涼しい瞳。そして髪からのぞく、ピンと三角に尖った耳はエルフ族特有のものだ。端麗に整った顔立ちは、どこか気品のようなものを感じる気がする。
が、格好はいたって実用的だった。薄い金属を重ねた軽装の鎧に、狩りをする時みたいな動きやすそうな衣服。ぎっしり矢が入った矢筒と大弓も持っている。
そんないかめしい武装をした本邦初対面のエルフ族は、ぽかーんと見とれる相手に怪訝な顔をしつつ口を開いた。
「人間の女性が、なぜ一人でこんなところに? 誰かと話していたようだが、連れと逸れでもしたのか」
「あーいえ、わたし一応半精霊で……ていうか、何かあったんですか」
「何故そう思う」
「いや、何でって。エルフが武装して郷から出てくるなんて、よっぽどマズいことが起こらない限りはないかなーって」
大抵の小説やマンガの設定と同様、こちらのエルフたちも積極的に人間と交流することはない。普段は森の奥から繋がる幽世で静かに暮らす彼らが武装するとなると、相当やばい案件なのではなかろうか。
その辺を心配しつつ訊ねたところ、相手は軽く目を見はって考える素振りをした。……あごに手を当てて思案するポーズまで絵になるって、もはや反則な気がする。
やがて屈んだまま音もなく移動し、振り返って手招きしてくる。なんだなんだと近寄って、示した先を覗き込むと――
「ウサギ……?」
ちょうど木漏れ日の輪から外れた、周りより薄暗く感じる大木の根方。小さな四足を縮めてうずくまっている姿は、ティナが知る可愛らしい動物によく似ていた。
ただし、そうと言いきるには若干不安が残る。何せ目の前の小動物、額の真ん中から長く尖った黒い角が生えているのだ。さらに淡いベージュの毛並みはあちこち汚れていて、浅く切れて血がにじんでいるところもある。
「何でウサギに角……?」
「見ていてくれ。直にわかる」
ちょうどその時、ウサギらしき動物が喉を鳴らした。さっき聞こえたよりずいぶん激しい咳が続いて、口から飛び出したのは――どう見ても、鳥の羽根の塊だった。何で草食動物が!?
「あの黒い角は呪いの証だ。かかるとああやって、生き物の血肉しか食べなくなる。しかし身体の中身が変わるわけではないから受け付けられず、遠からず死に至る」
「えっ!? あの、治す方法は――」
「ない。そして呪われるのは最初はごく小さい動物だが、さほど経たずに対象が大きなものへ移り変わっていく。……これ以上拡散する前に対処せねば」
いたって冷静に言い切って、エルフは懐から取り出したものを指弾で飛ばした。地に落ちたとたん、瞬く間に膨らんで蔓草と化し、逃げ遅れたウサギに巻き付いて拘束する。きゅっ、と苦しそうな鳴き声が響いた。
「つかぬことを聞く。貴女はこの辺りに住んでいるのか」
「そう、ですけど……それ聞いてどうするの」
「血の臭いで魔物や他の動物が集まっては迷惑だろう。適当に奥へ行って処分を」
「ダメーっ!!」
冷徹な台詞に思わず叫ぶ。簀巻きみたいになったウサギを抱え込んで断固抗議の姿勢を取り、ティナはくわっと牙を剥いた。いきなり何つーこと言うんだこのお兄さんは!!
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