第13話:黒づくめの闖入者③



 あたたかい、と感じて目が覚めた。

 まだぼんやりした意識のまま、目だけで辺りを見渡す。室内のようだ。見覚えのない、こざっぱりとした調度が視界を滑っていく。……どこだろう、ここは。

 意識を失う前のことを思い出す。急ぎ手に入れなければならないものがあり、森に分け入ったはいいが、不覚をとって自分が毒に侵された。

 思いのほか早く全身に回って、これはいよいよ年貢の納め時かと観念したときだった。木々の狭間に突然、妙に真新しい家が現れたのは。

 「――っ」

 そこでようやく完全に覚醒し、勢いよく上半身を起こした。同時に、脇腹の辺りでうーんとうめく声が。

 「……誰だ、こいつ……?」

 自分が寝かされているソファに頭だけ預けた器用な姿勢で、ぐうぐう眠りこけている人影があった。若い、まだ十代の半ば程と見える娘だ。短衣チュニックにズボンという簡素な服装で、さほど女性の容姿に関心のない自分からみても整った愛らしい顔立ちをしている。状況からして、ここの家主ということだろうが……

 (……現実だったか。その上空き家じゃなかったとは)

 家を見つけたときは切羽詰まった心理が見せた幻覚かと思ったが、叩いたドアには確かに実体があった。安堵と苦痛で立っていられず、内側から扉が開いた映像を最後に記憶が途切れたのだが。

 「……、ふへ?」

 間延びした声とともに、うたた寝していた娘――言うまでもなくティナなわけだが、とにかく目を覚ました。

 まだぼんやりした様子で辺りを見渡して、半身を起こしている元怪我人を認めるなりぱっと笑顔になる。さっそくリンゴそっくりな朱橙の瞳を輝かせて話しかけた。

 「あっ、目が覚めました? ドア開けたら倒れてきてびっくりしました。

 気分どうですか? どこか痛いとことかあります?」

 「は? ……あぁ、うん、特にないが」

 「良かった! お腹空いてません? おかゆ作っといたのでどうぞ、そのあとでお薬飲んでくださいね。干してない精霊花モーリュだからちょっと苦いけど」

 「――ちょっと待て! いま精霊花って言ったか!?」

 「効き目は保証――って、はい? ええ」

 突然の質問に反射でうなずくと、相手は覚醒したばかりとは思えない動作でティナの手をつかんだ。すっかり血色がよくなった顔は、肩くらいまでの黒い髪に縁取られており、生気にあふれる琥珀色の目と相まってなかなか男前だ。……が、浮かんでいるのが必死な形相のせいで少々もったいない。

 「頼む、少しでいいから分けてくれ!! 助けてもらっといてさらに頼るなんざ、ムシの良すぎる話だとは思うが」

 「へ!? いやあの、そんなことないけど……どうかしたんですか」

 「恩人の子どもが、もう三日も高熱が続いて下がらねえ。まだ四つの子だ、そろそろ体力も限界に近い。

 俺はたまたま土地勘があってな、自分で採りに行ったところまではよかったが……見ての通りだ、ざまあねぇな」

 いったい森の奥で何があったのか。というか、昨日から病気だの呪いだのの話を立て続けに聞いているのは気のせいだろうか。

 嫌な予感にさいなまれつつ、ティナは心の中だけで頭を振って気持ちを切り替えた。不安になるのは後でもできる、今は高熱で苦しんでいる子供のことが最優先だ。

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