第55話:誰も寝てはならぬ③
「お話中失礼します、ちょっとよろしいでしょうか。今窓の外にこんなものが」
「うん?」
そろって覗き込む一同に、一呼吸おいてからハンカチを開く。綺麗に編まれたレース生地の真ん中に、異様な存在感を放つものが鎮座していた。さらに険しい顔つきになったシグルズが呟く。
「……髪の毛、か?」
「はい、外壁に貼り付いていましたの。おそらくさっき来られた方のものだと思いますわ」
あまりにも長いので糸かと思ったが、艶々した質感でそうではないことが分かる。色は暗い紅で、見ていると何やら背筋が寒くなった。嫌な感じがする。
「そっか、こういう小さいものなら紛れ込ませれば簡単に入ってこれるわね。そうやって足掛かりを作って結界をすり抜けたんじゃないかしら」
「なるほど! じゃあそれ探して捨てちゃえばいいんですね!?」
「ん? うん、まあそうなんだけど……」
「……ものが小さすぎるからな。まともに探してたら夜中になるぞ」
「う゛」
「探索が長引けば、再度敵方が現れる恐れは十分あります。ああいった手合いは本来、日のある時間に動くことを好みませぬ故」
「ううっ」
勢い込んで発言したところ、口々に残念なお知らせを聞かされて撃沈するティナだ。うう、こういうときに『じゃあこうしよう』って代替案を出せない自分が悔しい……!
『ぴっ、ぴっ』
「うわ、ルミちゃんそれさわらない方がいいって! 呪われたりとかっ」
『ぴい』
慌てるティナに大丈夫、というようにうなずいて見せて、小鳥さんは紅い髪の毛をひょいとくわえた。そのままその場で二、三回ぴょこぴょこ跳ねて、突然ぱっと飛び立つ。向かう先は、部屋の反対側にある小さめのドアだ。
「あの扉は?」
「あ、お洋服の部屋です。姉さまみたいにきれじゃないから、見てもつまらないかも……」
『だいじょぶなのよ。とりあえず追っかけてドア開けてあげるのよー』
「う、うん」
のんびりしたうーちゃんの声に促され、とととっと駆け寄ったアルフォンスが扉を押し開く。壁に作り付けのランプに灯りを入れると、中の様子がはっきり分かるようになった。
だいたい十畳くらいの空間に、ハンガーに掛けて洋服棚に吊るした服がきれいに整列している。正直言って、予想していたものより断然広い。
そんな中、元気よく飛んでいったルミがある場所で舞い降りた。隅の方にかかっていた、淡い水色で薄手の上着のポケットに潜り込んでごそごそしてから、ぴょこんと顔を出して再びさえずる。
『ぴぴっ!』
「あっ、あった!! ルミちゃんスゴいっ」
『ぴ♪』
小さなくちばしに、紅い髪が二本くわえられていた。長さも質感もほとんど一緒だ。
「これ、つい最近外に着てったやつね。やっぱり出先で目印付けられてたのかぁ」
「姉貴、今すぐ燃しとくか? そこの姪っ子がやる気満々で怖えんだが」
「……シア、気持ちは分かるけどちょっと待ってね。燃やすんだったら本体にしなさい、危ないから」
「むう。残念ですわ」
さっそく細剣に手を掛けていたフェリシアをなだめて、何げに物騒なことを言ったその母親が仕切り直すように手をたたく。その場に集った若者たちを見渡してにっこり笑うと、
「たぶんこれを処分しても、大本を叩かない限りしつこくしつこく狙って来ると思うのよ。だったらいっそおびき寄せて、徹底的に反省してもらった方がいいかなーと。
そんなわけで、お手伝いしてくれる人は挙手ー!」
「「「はーいっ!」」」
『なのよ~』
『ぴ!』『きゅう!』
「おー、あんたが自分から子どもに関わるとは珍しいな。
「……この期におよんで私だけ知らぬ顔など出来るか!」
「へいへい」
「ふふふ、ありがとうございます」
結局その場の全員が立候補した中、ちょっとだけ苦手克服に前向きになったシグルズにあたたかい目が向けられていたりした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます