第54話:誰も寝てはならぬ②


 そして、現在。


 『そんなわけで何とかなったけど、うっかりタンコブこさえちゃったのよ~~』


 「うわあ、けっこう大きいね……とりあえずお疲れさまです、よーしよし」


 『はうううう』


 ぽこんと盛り上がったコブに同情しつつ、涙目の功労者を撫でてやるティナがいた。


 珍妙な悲鳴(たぶん)を聞きつけた一同が、あわてて邸の二階にあるアルフォンスの自室に駆けつけたのがつい先程のことだ。入ってみれば、ドア付近に倒れた花びんのすぐ側で淡水竜がひっくり返っており、それを前にしておろおろする末っ子という図が展開されていたのだった。


 謎の侵入者撃退の際、魔力が高まった拍子にステルスモードが解除されたらしい。タンコブの痛みにめそめそするうーちゃんを抱きかかえて、アルフォンスが控えめに瞳をきらきらさせている。


 いわく、ドラゴンさんにも初めて会いました! だそうで。話を聞くにかなり怖い目にあったはずなのだが、もしかすると結構大物なのかもしれない。


 「あの、さっきはありがとう。ぼくもうーちゃんて呼んでいい?」


 『どうぞなのよ~。あ、ボクもアルくんて呼びたいのよ。だいじょぶ?』


 「うん、いいよ。ハティともなかよくしてね!」


 『わん!』


 『はあ~い』


 だいぶ回復したのか、それとも無邪気な末っ子くんにつられたのか。まだティナに撫でてもらいつつ、にぱーっと笑顔を見せるうーちゃんだ。うん、やっぱりかわいいなぁ。


 そんな和やかなやり取りを尻目に、ピリピリしているのが保護者組だ。窓辺で気配を探っていたゼフィルスが、ふっと息をついて眉根を寄せた。


 「――結界に異常はありません。が、内部で異質な気配がしていると風霊たちが」


 「まじか……ったく、何をどうやって入りやがった」


 「外を囲む塀に沿ってひとつ、邸を囲むやや小規模なものがひとつ。二重の障壁を突破して来るとなれば、生半可な妖魔ではあるまい」


 「というか、はっきり言って前代未聞なのよねー。うちの結界って、王城に張ってあるのと同じひとが作ってくださってるから」


 「、は!?」


 「えっうそ、それじゃ国内最強レベルじゃないですか!!」


 これまた難しい顔で何気にスゴいことをおっしゃるお母様に、思わず再度ツッコミを放ってしまったティナである。同じく驚愕のシグルズと顔を見合わせていると、ヘルミオーネは肩をすくめてため息交じりに、


 「ちょこっと聞いてるかもしれないけど、うちのお父様ってすっごい心配性でね。精霊に好かれるのはいいけど、他のものまで寄ってきたらいけないってことで、ゴーカイにツテを使って下さってこんなことに」


 「ああ、はい、ちょこっと聞きましたけど……ほんとにスゴいですね」


 「それは……孫娘の捜索に騎士を投入するくらいはしかねないな……」


 「うん、何かごめんね。――にしても本当、どうやって隙を作ったのかしらね?」


 新たな驚きの事実が発覚したところで、話が振出しに戻ってしまった。


 考え込む一同のそばで、先ほどからずっと窓辺を調べていたフェリシアがふと動きを止めた。そーっと何かを摘まみ上げて、懐から出したハンカチに包むと、小走りでこちらに戻って来る。その肩には春ウサギが相変わらず大人しく乗せられていた。

 

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