第11話:黒づくめの闖入者①

 畑の世話と部屋の掃除、それから洗濯。ひととおりの家事を済ませると、あとはもう自由時間だ。

 天気がいいときは森を散策したり、近所に住んでいる動物を観察したりするのだが、今日は春ウサギを構う……もとい、もてなすという任務があるのでそちらが優先だ。暖かい暖炉のそばでルミ共々遊んでいると、気が付いたらうとうとしていたらしい。

 『ぴっ、ぴっ』

 「……ふぁ? ああごめん、寝てたんだ」

 本日二回目の小鳥さんアラームで我に返り、窓辺を確認する。

 いちおう時計はあるのだが、あまりにも平和な毎日のせいで細かい時刻は気にする必要がない。近頃は日光の差し方だけで大ざっぱに把握できるという謎スキルが身に付いてしまったティナである。

 そんな彼女の感覚だと、現在は昼を少し過ぎたくらいのようだ。遅めの朝食をわりとしっかり食べたので、まだまだ空腹は感じない。ちなみに先ほど全力で遊んでいた春ウサギは、さすがに疲れたらしくひざの上でぐっすり眠っている。この子が起きてきたら、みんなのおやつもかねて軽食を作ろうか。

 『……すぴ~~』

 『ぴい』

 「んー。イズーナさん、まだ帰ってこないねえ」

 平和に寝こけるウサギをもふもふしつつ、肩でひと鳴きしたルミにうなずく。あらかじめ断っていただけに、本人も長くなるのがわかっていたと見える。くだんの医術の守り神さんとやら、名前からして多忙なひとっぽいし。

 「お医者さんはどこの世界でも忙しいんだ、やっぱり。わたしのとこでもね、三時間待ちの三分診察とかいう言葉があって……」


 ――ごとん!


 取りとめのない話を、鈍い音がさえぎった。思わずびくっとして固まり、そちらの方へ視線を向ける。今のはたぶん、入口のドア辺りからだ。

 「え、っと、動物? シカとかイノシシとかその辺の……」

 現にこの前、夜中に勝手口で物音がして恐る恐る確認したら、畑に遊びに来たイノシシの親子だったことがあった。ウリ坊はコロコロしてとっても可愛かったが、体長二メートル越えのお母様にお引き取りいただくまでかなり苦労したものだ。あんなにでっかいとは思わなかった……いや、それはさておいて。

 過去に思いを馳せながら様子をうかがっていると、また同じ音がした。やっぱりドアからだ。……なんだか、さっきより弱くなったような。嫌な予感がする。

 『ぴぴっ!!』

 「え、血の匂いがする? まさかケガしてるんじゃ」

 普段より鋭く鳴いた小鳥の声に、ウサギをソファに避難させて立ち上がる。取っ手を勢い良く引いた瞬間、なにか大きなものが倒れかかってきた。

 とっさに避けられず、押しのけられるようにして真後ろにひっくり返る。森の木々の香りと一緒に、さびた鉄のにおいが押し寄せる。

 「だっ!? ――あ、あれ? ひと!?」

 必死で身を起こしたティナの目に飛び込んできたもの。それは全身に傷を負って横たわる、明らかに見覚えのない男性の姿だった。

 

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