第50話:花咲くオランジェ邸③

 三兄弟に先導され、連れ立って邸に入ったとたん、明るすぎる声に出迎えられた。


 「シアにバルト、おかえり! お友達もいらっしゃい、待ってたわー」


 「お母様、ただ今戻りましたわ」


 フェリシアが返事を投げかけた先に、エントランスへ通じる階段を軽やかにかけ降りてくる女性がいる。アルフォンスによく似た白金の髪をひとつにまとめて、落ち着いた紺青のドレスと、何故かつけている真っ白のエプロンがよく似合う――のだが、


 「……フェリシアさん、いまお母様って言った? お姉様じゃなくて!?」


 「はい、ちゃんと実の母ですわ。また間違われましたわねぇ」


 「うふふふ、嬉しいけど何でかしらね? きっちり歳は取ってるハズなのになぁ」


 「いや、何でって」


 あまりにものんきな感想をもらすお母様、それはもうお美しいのである。長兄のゼフィルスが十九才ということだから、その母親なら確実に三十代半ば以降のはずなのだが、染みもシワも全く見当たらない。並んで歩いたら姉弟か、場合によっては恋人にさえ見えてしまいそうだ。


 「姉貴、久しぶり。見るからに元気そうで安心したぞ。……ところでそのエプロン、また何か作ってるのか?」


 「そうなのよ。久しぶりにタルト焼こうと思ったらね、もう要領を忘れかけてて時間がかかっちゃって。うーん、やっぱり慣れてるスポンジケーキにしとくべきだったかしら」


 「おかーさんが自分で焼くんですか!?」


 こんな立派なお屋敷に住んでいるなら、身分だって相当高いだろうに。


 「うん、そうよ? まあ他にもやることはいっぱいあるから、時々しか出来ないけどね。えーっと」


 そして思わず全力で突っ込んでしまってから、相手の反応で名乗ってないことを思い出した。あわててぺこんと頭を下げる。


 「あ、ティナといいます。こっちはルミちゃんで、後ろが」


 「シグルズと申します。お初にお目にかかる」


 『ぴっ』


 「初めまして。私はシアたちの母親で、今のオランジェ家を任されているヘルミオーネ・クリスティナといいます。

 あ、でも長いしミオでいいからね。うちの子共々どうぞよろしく!」


 いたって気さくに自己紹介して、お母様改めヘルミオーネはぽんと手を叩く。きれいな青い瞳がいきいきと楽しそうだ。


 「さてっと、じゃあ急いで準備しなきゃね! バルトにシグルズさん、悪いんだけどちょっと運ぶの手伝ってちょうだい。あの鉄板、熱伝導は最高なんだけど重いしあっついのよ、何しろ」


 「客にも手伝わせるのかよ現当主……」


 「い、いや、私は全く構わないが」


 『働かざる者食うべからずなのよ~』


 「じゃあアル、お姉ちゃんと一緒にティナさんを案内してあげてねー」


 「はあーい、こちらです!」


 お前は確実に手伝わんだろうが! と言いたげな顔でうーちゃんをにらむバルトを含めた三名が奥へ移動する。張り切って先導してくれるアルフォンスに癒やされつつ、ティナは思い切って口を開いた。


 「あの、お兄さん。とってもきれいなので、お花はわたしが持ってもいいですか?」


 ずっと両手で抱えているから、朝露で服が濡れているのだ。さっきお母さんが運び手に指定しなかった辺りを見ても、やはり目が不自由なんだろう。重いものは持てないが、せめてこのくらいはお手伝いがしたい。


 言い方に気をつけつつ申し出てみると、少し驚いた様子を見せたゼフィルスはすぐ微笑んでくれた。穏やかな性格がにじみ出るような、優しい表情だ。


 「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただいてよろしいですか」


 「はい!」


 『ぴっ♪』


 「たぶん応接間に飾るんだと思いますわ。アル、花びんにお水を入れて下さる?」


 「はいです、姉さまっ」


 お客も含めた和やかなやり取りに、見守る使用人のみなさんがほのぼのとしたまなざしを向けていた。


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