第9話:精霊と女神さまと私②

 とりあえすお食事を邪魔しないよう、肩に留まったルミを指先でつつきながら、今さらの疑問をぶつけてみることにする。

 「ねえ、そういえば何ていうの? お兄さんの名前、まだ教えてもらってないんだけど」

 『ぴ?』

 「も、申し訳ない。取り乱しました……シグルズと申します」

 軽く咳払いをして名乗ってくれた相手いわく。彼は郷の入り口を守る守備隊の一員で、今回の異変を解決すべく長直々の命を受けて派遣されたのだとか。その判断基準というのが、

 「触らぬことが望ましいゆえ、矢で角を射切る腕を持つものにと」

 「射切る!? それもう普通の獲物なら百発百中のレベルじゃん!!」

 「や、あくまでも目標で……現にかすり傷しか負わせられなんだし」

 「それでも十分スゴいですって! ちなみに参考記録は!?」

 「……絵筆に使うリスの尾を、生きたままで二十本ほど」

 「もはや達人レベルじゃないですかシグさん!!」

 「は? シグさ……?」

 「うん。この方が呼びやすいし、折角だし仲良くなりたいから。……あ、でも省略されるのイヤですか?」

 親愛の表現のつもりだが、現代日本でもあだ名を嫌がる人は結構いる。今更ながら思いいたって眉を下げる相手に、シグルズはぐっと言葉に詰まった。しばらく視線をさ迷わせてから、

 「……いえ、別に構いません。他人前で呼ぶのを控えていただければ」

 「はい! 気を付けますねー」

 殊更ぶっきらぼうに出された許可に、嬉しそうに請け合うティナである。

 『ぴぴー』

 「うんうん、ティナって結構天然ボケよね。罪作りだわー」

 「え? なんか言いました?」

 「いーえ何にも。さてと、ウサギも元気そうだしちょっと出かけてくるね~」

 「え、どこに?」

 「天界よ。エルフの郷は別次元にあるから私の管轄外だけど、呪いが感染るんなら被害が拡大したとき怖いじゃない? だから専門家に相談しとこうと思って」

 相変わらず気楽な調子のイズーナによると、懇意にしている医術の守り神がいらっしゃるので話を聞いてみるという。さすがは仮にも女神様、いざってときに頼もしい人脈(神脈?)をお持ちだ。

 「そんなわけでお留守番よろしく~。あ、たぶん遅くなるから朝ごはんはいいわ。二人で食べてちょうだいな」

 「はいはーい。いってらっしゃい」

 「お気遣い痛み入ります……はっ!?」

 律儀に頭を下げて見送ってから、突然我に帰るシグルズ。淡い金髪がぶわっと翻る勢いで顔を上げるも、すでに女神様の姿はドアの向こうに消えていたりする。

 ちなみにイズーナ、本当はその気になれば一瞬で目的地までワープすることが出来る。わざわざドアの開け締めをするのは完全に彼女の趣味である。

 それはさておき、無情にもおいてけぼりを食らったエルフはしばし入り口を凝視した体勢で固まって、やがてガックリ肩をおとした。机に突っ伏してもおかしくない脱力ぶりに、見ていたティナと小動物2匹が思わず身を引く。

 「どっ、どうしたの!?」

 「どうしたもこうしたも……女神は去られたが上級精霊と留守居、だと? あまつさえ食卓を共にせよなど……」

 「あー、うん、無茶ぶりしてごめんなさい。イヤだったら拒否していいから」

 「とんでもない!!」

 地を這う唸りから一転、ものすごい勢いで否定された。がばっと顔を上げたシグルズ、混乱と感動が二人三脚しているような、何とも表現しがたい顔つきでまくしたてる。

 「むしろ逆です!! 今回ほとんどなんの功績もない私が、このような機会に恵まれるなど恐ろしい幸運!! 帰りがけに雷に撃たれてもおかしくありませぬッ」

 「わわわわかった!! わかったからちょっと落ち着こう、ねっ」

 『ぴーっっ』『きゅううう!』

 なにがどう心の琴線に触れたやら、テーブルを拳で叩いて悶えるエルフに、ひっくり返った家主×2と春ウサギの悲鳴が上がった。


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