第28話:エルフの郷へ③
ふと何かが光った気がして胸元を見ると、先ほど助けられた呼び子が揺れている。冷や汗をかいた状態で握りしめたからか、表面が少し曇っているようだ。返す前に拭いておこうと手に取ったとき、前触れなく目の前に降り立つ影があった。
「ひゃっ!? ――あ、なんだ。シグさんか」
「はい、ただ今戻りました。お待たせしてしまい申し訳ございません」
やっと戻ってきたエルフの青年は、相変わらず折り目正しく片手を胸に当てて一礼してくれた。が、そのすぐ後でふーっと大きなため息をつく。おや?
「なんかあった?」
「いえ、大したことでは。……ただその、会見したアンノスの長が人の子にしてはかなりの長寿で、なかなか話を聞き取ってくれず……
確か今年で齢九十八、とのことでしたゆえ」
「ああ~~……」
なるほど、それは少し耳が遠いかもしれない。エルフ族は妖精で、年齢を重ねても身体が衰えるということがないから、勝手がわからず苦労したのだろう。そんな未知との遭遇にも耐えてちゃんと任務を果たしてきた辺り、上のひとの人選は正しかったに違いない。
「最終的には子と孫も同席して、どうにか言伝を終えたのですが……機密保持の観点から行くと不安が残ります……」
「大丈夫ですって、言われた通りにお仕事してきたんでしょ? きっと長さん喜びますよ。はやく帰って報告しましょう!」
「……、はい」
背中をぽんぽんと叩いて労うと、一瞬きょとんと目を瞬いてから表情を緩める。それがとても穏やかで、やっぱり緊張してたんだなぁと思うティナだ。いきなり戦闘になったり、いろいろ予定外のことが多かったから、普段あまり森から出ないひとにはしんどかったろう。無事に終わってよかった。
「おーい、そこの新婚夫婦ー。そろそろ話しかけてもいいか~~」
「し……ッ、だから貴様は何ゆえそういう不埒なことを……!!」
「いいじゃねえか、減るもんじゃなし。お前そろそろそーいう弄りに耐性つけろ、長にも延々からかわれてるだろーが」
ああ、からかわれてるんだ……と思わず納得してしまい、バルトのとなりで楽しそうに目を輝かせているフェリシアと目を見合わせる。大変だねぇと口パクで言ってみると『本当ですわね~』とやっぱり笑顔で返された。うん、いちいちこんな反応されたらさぞイジりがいがあるだろうし。
「放っておけッ!! 大体だな、女性連れとはいえ歩みが遅い! その調子では郷に着く前に日が暮れるぞ!?」
「エルフの足と一緒にすんな、こっちはさっきのイノシシといろいろ報告し合ってたんだよ。顔が利く連中に伝達して、例の症状が出た奴がいたらすぐ知らせるってことになった。そいつ経由でな」
「理には適っている! 適っているが……~~~~っ、もういい!」
そいつ、と指さした先にいるティナを見て、拳を震わせつつもしぶしぶ矛を収めるシグルズだ。まだ赤い顔で咳払いを繰り返してから、叔父さんのとなりに並んでいるフェリシアに向き直って改めて口を開く。
「さて、フェリシア殿といったか? 我らの郷に参られた用向きを伺いたいのだが」
「はい、兄に頼まれまして。ファンドルンの銀葉郷を治める長殿に言伝をお持ちいたしました」
「ふむ。身元を示すものはお持ちか?」
「ええ。こちらに」
いたって落ち着いた様子で受け応えて、彼女が取り出したのはペンダント――いや、ティナが渡されたのとよく似た笛だった。ただ、やや横に膨らんだ楕円形になっていて、二回りほど大きい。どんな細工を施してあるのか、淡い真珠のような光沢のある金色で、木漏れ日をはじいてきらきらと輝いているのがとてもきれいだ。
「いかがでしょうか?」
「――その笛ならば、十二分に身の証を立てられよう。案内仕る。
そちらの野伏……は、言わずとも付いてくるだろうが」
「ま、一応保護者だしな」
「……それはいいとして、ティナ殿。言いそびれておりましたが、長がお招きです」
「え、わたし? この子じゃなくて?」
「ええ、是非にと。出来れば春ウサギも、とのことでしたが」
如何されますか、と返事を待つ相手にしばし考え込む。どうして一番偉いひとが自分なんかを招待してくれるのか気になるが、もちろん行ってみたい。でも、あんなに怯えていた春ウサギのことを考えると、もうしばらく遠慮させてもらった方がいいような……
『きゅ!』
「ん? どしたの、ウサギさん」
『きゅうっ』
腕の中から身を乗り出して、春ウサギがティナのマントをくいくい引っ張る。大きな瞳がこっちを真っすぐ見つめていて、『大丈夫だから連れてって!』と訴えているみたいだ。肩に留まったルミに視線をやると、『ぴぴっ』と鳴いてうなずいてくれたので、大体あっているはず。それなら何も問題はない。
「――じゃあ、わたしも行きます。うちのもふもふたちとは必ず一緒に行動する、ってことで」
「承知いたしました。では、こちらへ」
一礼と音もに先に立ち、音もなく歩き始めるシグルズ。バルト達に続いてその後を追いながら、ティナは突然のことにもかかわらずわくわくしていたりした。
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