第41話:祝賀会と運命の糸②

 その日の夕刻、長の館前にある広場はたいへん賑わっていた。ここしばらく寝付いていた奥方が無事回復し、その快気祝いということでささやかな宴が催されたからだ。

 エルフは妖精の一族だ。ゆえに集まったときの雰囲気やざわめきも、木々や草花が風に揺れるさまに似て涼やかで心地よい。辺り一面に咲く藍鈴花ブルーベルも、甘く爽やかな芳香を放っている。このたびの功労者として招かれたフェリシアは、うきうきしながら隣の叔父に話しかけた。

 「あのお花って、長どのが咲かせて下さってるんですのね。皆の手前隠してるつもりでも、嬉しいことや楽しいことがあるとたくさん現れるからすぐわかる――って、支度を手伝って下さった侍女さんたちが言ってましたわ」

 「バレバレじゃねえかよ義父上ちちうえ……」

 戻ってきたとき一斉に咲き始めていたの、とどのつまりはそういうことだ。我らが銀葉郷の統治者は、分かりやすく愛妻家で子煩悩なのだった。

 「はあ、仲睦まじいご夫婦って良いですわねー。うらやましいですわ」

 「なーに他人事みたいな言い方してんだ。そろそろお前の婚約者を決めないとって、姉貴があれこれ悩んでるぞ? 見合いくらいしてやれよ」

 「ええー。お膳立てしてもらった出会いって何かイヤですもの」

 「ぜーたく言うなっつの」

 淡い桜色の髪を結い上げて白バラを挿し、着付けてもらったドレスは花に合わせて、ベースの白から裾に行くほど薄紅が濃くなるグラデーション仕様だ。装いだけなら何処に出しても恥ずかしくないご令嬢なのに、中身は冒険とロマンに憧れる少年みたいな姪っ子にため息しか出てこない。まったく、こいつがしっかり者でうらやましいとか言ってたティナにこのふくれっ面を見せてやりたいものだ。

 「……そういや、あの女神様はどこ行ったんだ? 今夜はこっちにいるって話だったが」

 「楽師さんたちとお話しになってましてよ。何かご相談ごとみたいですわ。

 それより叔父様、ティナさんてすごい方でしたのね! こんな重大案件を任されるなんて、もう勇者様って名乗ってもいいくらいじゃありませんこと?」

 「あー、うん、それ今は本人の前で言うなよ」

 「もちろん弁えてますわよ。急にあんなこと言われたら、誰だって委縮しますもの」

 「……だな。すまん」

 ミーハーかと思いきや、意外と冷静に状況を見ているフェリシアに同意しつつ、バルトは日中の出来事を思い起こした。



 「――そうそう、それでね。なんでこんなに遅くなったかって話なんだけど」

 ひとしきりうーちゃんのことで皆が驚いたあと、ちょうど紅茶を飲み干したイズーナがマイペースに語り出した。

 「あっちに戻ってすぐ、運命三女神にばったり出くわしてね」

 「さんじょしん? 三人いるって事ですか」

 「そ。みんなまとめてノルンて呼んでるの」

 いわく、運命を司る女神たちは時の送り手でもあり、三姉妹がそれぞれ『過去・現在・未来』を担当している。ゆえに『今、ここ』に顕現しているのは、現在を表す次女だけなのだとか。

 「その次女さん、ワタシはヴェルって呼んでる子が半泣きで名簿持ってきてね。これがそれです、はい」

 「え、見ていいの?」

 「いいのいいの。むしろ見てもらった方が一発で分かるから」

 大変気楽に言ってくる女神様だ。ひとの命運を握る神様から渡された書類なんておそろしいんだけど……と、かなり及び腰になりつつも、思い切って卒業証書みたいな布張りの表紙を開く。薄い生成りの羊皮紙に、読みやすい丁寧な字が綴られていた。

 

 銀葉郷の春ウサギ・薄黄 一羽

 アンノスの人の子 ミミ

 同じくその兄 リュカ

 野伏『大鴉』 バルト・ブラスライン

 アンノスの住民 不特定・多数

 『銀葉郷』王妃 ミストルティア

 淡水竜の仔 ウィルヘルミナ ――


 「これ……」

 書いてあることを把握するにしたがって、困惑に眉根が寄っていくのが分かった。それを見て取ったイズーナが、珍しく真面目な声で付け加える。

 「驚いた? ティナの知ってるひとばっかりだもん、無理ないわ。

 そこに書いてあるのはね。この数日で、の名前なの」

 「えっ!?」

 さらりと告げられた衝撃のひとことに、居合わせた一同がざわめいた。

 そんな中で落ち着き払って質問を投げかけたのは、みんなにお菓子を差し入れてくれた長のグリーアンだ。椅子に座っている奥方と傍らの息子の肩に、なだめるように手を置いている。

 「――予定だった、ということは、その運命はすでに覆っておるのだな? 女神よ」

 「ええ、そうよ。ていうか、ぶっちゃけると予定そのものがありえなかったの」

 「どういうことですの?」

 身を固くした春ウサギを撫でてやりながら、こっちも比較的落ち着いているフェリシアが聞き返す。それに一つ頷いて、イズーナは難しい顔で腕を組んだ。

 「ヴェルたちはね、生きもの全てが持ってる『運命の糸』を管理してるの。それぞれの生き方によって色が変わったり、お互いくっついたり離れたりして、どんどん姿を変えてくものなんだけど……

 いま名簿に書いてあったひとたち、ある日気付いたら糸が真っ黒になってたんだって」

 それぞれ、まだ寿命はたくさん残っているはずなのに、だ。あれこれ試しても色は抜けていかず、他二人の姉妹と頭を抱えていたのだが――一昨日の夕方、事態は急展開を見せた。

 「森で迷って帰れなくなるとこだった男の子を、どこかの親切な半精霊さんが助けてあげたのね。で、その子は風邪も引かずに無事帰宅。高熱で危なかった妹さんも、持って帰った薬草のおかげでちゃんと持ち直したの。

 ついでに、黒かった糸も両方きれいになってたらしいわ。新品同様って感じで」

 「……はい?」

 「他のひとに関しても一緒ね。呪いが表出して追われてた春ウサギを力ワザで治しちゃったし、毒くらった上に重傷だった野伏さんも看病してあげたし。大百足に襲われたアンノスも病気の奥方も、泉で捕まってたドラゴンさんも、その子がまわりを巻き込んで関わっていったからこそ助かった」

 「ええっとあの、イズーナさん?」

 それって、明らかに特定の誰かを指していないだろうか。おそるおそる片手を挙げてみたところ、お世話になっている女神様はどこか誇らしげに胸を張って、こう宣ったのである。

 「どーいう理屈なのかはわかんないけど。ティナが係わると、歪んだ運命が問答無用で修正されるみたいなのよねー。

 ノルンたちが太鼓判押してたから間違いないわ♪」

 ……開いた口がふさがらない、という状態を、ティナは生まれてこの方初めて体験した。


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