第40話:祝賀会と運命の糸①
見渡す限り、鮮やかな色の洪水状態だ。
その正体は、というと――何のことはない、床いっぱいに広げられたドレスの海だったりした。
「ううう、ありがたいけど申し訳ないなぁ……」
「あらあら、動かれるのはもう少しお待ちになってね。
「その次は紅を差しましょう。お肌が白くていらっしゃるから、きっと淡い色が映えましてよ」
「まあ、鮮やかな色だってお似合いだわ。ドレスは是非こちらにいたしましょう!」
「ふ、ふぁい」
お風呂から上がると同時に、なぜか集結したエルフのお姉様方(多分侍女さん)に囲まれて、現在は着替えの真っ最中。そろって麗しい女性陣が楽しそうにしているのはうれしいが、よってたかって飾られている当人はちょっと困ってしまう。何せ現代にいた頃も、お化粧とか女性らしいおしゃれとはほぼ無縁の生活を送っていたティナである。
「うわああん奥方様ー! わたし絶対ドレスに負けます、っていうか病み上がりでそんな動いちゃダメですー!!」
「うふふ、私ならもう大丈夫ですよ。ちゃあんと似合うように選んで差し上げますからね」
わりと必死で呼びかけた方向には、こちらも大層楽しげに世話を焼いている奥方ことミストルティアがいる。元気に歩き回るたび、すっかり元に戻った綺麗な黒髪がさらさらと揺れた。
時間は少し遡る。
謎の生物・うーちゃんの助太刀と皆の協力により、無事に瑞碧の泉を復活させることが出来たティナたちだ。再びフェリシアの笛のお世話になって、大急ぎで郷へ戻ってきたのだが、
「――あら? なんだかさっきと雰囲気が」
『きゅう』
「うん、こんなにたくさん咲いてなかったね。お花」
ふとつぶやいたフェリシアに同意して、辺りの景色を見渡す。
最初に郷へ入ったとき、木々の根元は柔らかそうな草くらいしか生えていなかったはずだ。なのに現在、辺り一面に青紫の花が咲き乱れていて、ふんわりした甘い香りが漂っているではないか。さっきももちろん美しかったが、さらに輪を掛けて幻想的な光景が広がっていたりする。
「シグさん、これ……あ、あれっ?」
「あいつなら先に行ってるぞ。ほれ、あそこ」
「うわ、早っ!」
やれやれといった風情でバルトが指さす先に、居館目がけて俊足で駆けていくシグルズの姿が。
後を追いかけた一同が離れに上がる階段にたどり着いたのと、脇目も振らず建物に飛び込んだ青年の声が聞こえたのが、ほとんど同時だった。
「ご無事ですか母上!!」
「まあシグルズ、お帰りなさい。お疲れさまでしたね」
「あ、お帰りなさーい。お邪魔してまーす」
「っ、は!?」
「……ん!?」
切羽詰まった息子の呼びかけに応えたのは、聞き覚えのある奥方の優しい声――だけでなく、これまた知っている明るすぎる女性の声だった。いや、女性というか、ティナと同い年くらいの女の子のものだ。
お行儀が悪いとは思ったが、大急ぎで階段を駆け上がって中に入る。寝室の手前のドアが開いていて、何故か戸口で突っ立ったまま固まっているシグルズがいた。その脇から無理矢理首を突っ込むと、そこには予想通りの光景が。
「あっやっぱり! 遅かったじゃないですか、イズーナさんっ」
『ぴい!』
「ごめんごめん、いろいろあったんだって。ティナとルミもお帰り~」
広々とした、大きな窓に面した応接間のようなところ。見違えるほど顔色の良くなった奥方と一緒にテーブルについて、お茶などたしなんでいる金髪に翠玉の目の女神様は、あっけらかんとそう言って笑って見せた。見た目こそ超絶美少女だが、相変わらず言動がふつうというか気さくすぎるというか。
「は、母上、これは一体……」
「それがねえ。ご友人のお宅に行かれたらもぬけの殻で、他に思い当たる場所がないからと仰っていらしたの。ちょうど持ち直したところだったから、私がお茶をお出ししてね」
「そうなの。我ながらナイスタイミングだったわー」
「いや逆に申し訳ないでしょそれ! 起き抜けに働かせるとかっ」
「違うって! むしろワタシは止めたんだけど、おみやげの蜜酒飲んでもらったら予想以上に元気になっちゃって……動いてないと落ち着かないって言うんだもの」
「蜜……っ、ちょっと待った! そりゃもしかしなくても天界の
「へ? うん、そーだけど」
あっさり肯定されたバルトが深々とため息をついてうなだれてしまった。なにげにずっと頭に乗っていたうーちゃんがおっとっと、としがみつき直すがお構いなしだ。
「……バルトさん? どしたの」
「どうもこうもあるか……あのな、その酒ってのは神話にしか出てこないようなブツで、人間が飲んだら寿命が伸びるだの霊感を得るだの、逸話が山ほどあるんだよ。それを病人の見舞いにホイホイ持ち出すとか……」
「あ、そういうことか。まあイズーナさんだからなぁ」
『ぴぴ~』
『エルフって昔から神様と繋がりがあるから、その関係でオッケーが出たんだと思うのよ~』
「……あら?」
訳知り顔でうんうんうなずくうーちゃんを認めて、奥方が銀色の瞳をしばたたいた。そうしているとますます星が瞬くようで、とってもきれいだなぁと思っていたら、
「まあ、ウィルヘルミナ? ウィルヘルミナよね、久しぶりだこと! 無事だったのね?」
『はあーい、みっちゃん久しぶりなのよ~。ボクはなんとかだいじょーぶ』
「はい? あの、ふたりともお知り合い!?」
「ええ、そうですよ。この子はこのあたり一帯の水脈を司る、
この子も水を伝えば泉に入ることが出来るのですけれど、少し前から連絡が取れなくなっていて。心配していたんですよ」
『みっちゃんがお嫁に来てからの付き合いなの。だから頑張って泉を守ろうと思ったんだけど、ミスっちゃったのよ~』
「「「えええええ!?!」」」
「……情報量過多だ……」
竜ってこのフォルムでか、というか名前からして女の子なのか、つーかそういうことはもっと早く言ってくれ!!
脳裏を駆け抜けた百万言を叫ぶことでしか表現できなかった若者三名の気持ちは、シグルズのうめきが見事に代弁してくれた。
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