第36話:形容しがたき泉のようなもの③
「……律儀に答えてやる義理などないと思うのだが。私は」
「さっそく次の矢をつがえながら言うなっつの。第一、さっきだって当たっちゃいたがキズ一つついてなかっただろ」
「ぐっ」
「どんと来いって言っちまったワケだし、ここは嬢ちゃんの顔を立ててだな――」
ずぼっ。
言い合う義兄弟コンビの背後で鈍い音がした。とっさに振り返ると、そこには地面から足を引き抜いてこっちに対して半身になった石像の姿が……ちょっと待て、その体勢はまさか。
《りょうそくはっそくだいそくにそく――!!》
「うわあああやっぱり来たーっっ」
「なんで横っ飛び走法なんだお前ー!!」
ずどどど、と重い音を轟かせて、サイドステップでこっちに迫ってきた石像に思わず逃げ出してしまった。
「掴まってろフェリシア!」
「はい、お任せしますわ!」
「ティナ殿、失礼いたします!!」
「うわっはいぃ!!」
斜面になった森の中は思いのほか足下が悪い。とっさの判断で女性陣を抱えあげて、脚力のある男ふたりが再度疾走を開始する。
さっき笛から現れた門は、くぐると同時に姿を消している。つまりもと来た空間と切り離されてしまったわけで、四人は退路を求めてひとまず横手に向かった。そのあとを、問題文を繰り返しながら石像が続く。
《おうこうじざいにしてりょうがんてんをさす――》
「めげませんわねえ、あの方。よっぽどなぞなぞがしたかったのかしら」
「そーいう問題じゃねえだろ!! あんなとこに意味ありげに突っ立ってたんだから、アレをどうにかしないと確実に泉がヤバいことになるぞ!!」
「やはりそうなるか……しかし、石では矢が……!」
荷物みたいに肩に担がれたフェリシアに対し、ひと一人抱えているとは思えない速度で走っているバルトが力一杯ツッコミを放つ。これまた自分を丁寧に横抱きにしているシグルズが悔しそうに顔を歪めるのを見て、軽くパニックだったティナの頭が少しずつ落ち着いてきた。
(ええと、さっきの出だしはあれだよね。お留守番のときおばあちゃんと見てたやつ)
トンチで有名な禅僧の子供時代をモデルにしたアニメだ。夏休みなんかに再放送していたのを、ティナが喜びそうだからとわざわざ録画してくれたものだった。
ティナはもちろん楽しかったが、今にして思えば祖母もそうだったのだろう。孫と一緒に見るために録り貯めしたアニメがデッキの下にたくさん置いてあったっけ。某アンパンのヒーローとか、ネズミの国の映画とかもあったが、双方が気に入ってしょっちゅう見ていたのは――
「あああああ~~!!」
「ど、どうされました!?」
「大丈夫問題ない! シグさんにちょっと聞きたいことがあるんだけどっ」
「は、はい」
突如叫び出したティナに抱えていた方が跳び上がる。が、たった今ひらめいたことを確かめるのが先、とばかりに勢いよく詰め寄った。
「この辺って洞窟とかある? あと、ひとりで旅してる人が変な死に方したことってあった!?」
「それは――はい、山脈の方に行けば洞窟などいくらでも。それとここ数年ほど、新街道ぞいの渓谷で、時おり気の毒なありさまの遺体が見つかっております」
「やった、ビンゴ!」
思わず手を打って歓声を上げる。やっぱりそうか。
《――りょうがんてんをさす、これいかに!?》
相変わらず意外な俊足で追いかけてくる石像が、何回目かのリピートをちょうど終えた。チャンス到来とばかり、シグルズの腕の中から身を乗り出し、思いっきり息を吸い込む。さあ、答えてやろうじゃないですか!
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