2.SIDE-A_9 にんげんと、ロボット
わからない。となると、歌えない。
さらに悪いことに、代わりに歌ってくれる人は、誰もいない。エリーゼの前にもマイクはあるが、まったく歌いだす気配がない。
客席がざわつき始めた。楽団はイントロを繰り返して、尺を持たせている。
やばい。
どうしよう。踊ればいいのかな。
そこで僕を救ったのは、またしてもMinTSくんだった。曲のテーマ部を解析して、曲目と歌詞と、この後に来るメロディをガイドしてくれた。
天才かな。僕は今後、もう少し君を敬うことにする。馬鹿と呼ばれても構わない。実利だ実利。
僕の拡張視覚上に、曲名と歌詞と、ボーカルの譜面が展開された。
「ティティナ」
(原題:”Je Cherche Apres Titine”)
(原語:フランス語)
歌えねえよ。英語でもいけるか怪しいわ。詰んだねこれは。
そのとき、客席の奥の方から、天の声くらいクリアな響きのヤジが飛んだ。
鍾さんだった。
「歌え!歌詞なんか気にすんな!」
そして僕は思い出した。
ティティナ。
チャップリンの映画、「モダン・タイムス」の挿入歌だ。
チャップリン演じる主人公が、キャバレーでこの曲を歌おうとする。ところがカンペを落としてしまい、まったく歌えずに困っていると、ヒロインが叫ぶのだ。
「
その言葉で振り切れた主人公は、でっちあげた歌物語をでたらめフランス語とパントマイムを駆使して表現し、観客に伝え、爆笑をかっさらうのだった。
それを、僕にやれというのか。
できるわけないじゃないか。
でも、師匠が言った。これはテストだと。師匠と、たぶん鍾さんも、このステージで僕の何かを試そうとしている。それは間違いない。
やってやる。
やるしかない。
どうせ恥かくなら、振り切れてやる。
僕は満面の笑みを作った。
そして口と喉を大きく開き、歌い出そうとした――
――そのとき、エリーゼが歌い始めた。
それも、完璧なフランス語で。原詩を。
アンドロイドの君に言うのは野暮だし、無茶かもしれない。でも一言わせてくれ。
空気読めよ、エリーゼ。
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