2.SIDE-A_14 顔ぶれ

 鍾さんは共有視界上に、五人の写真とプロフィールを展開した。


「まず、一人目はアゼリア・ブラック」

 そう言って、鍾さんはブラウンの髪をした白人女性の写真を指さした。

「アメリカ人の女性共創家で、知ってるかもしれないけど、僕や伯牙、由宇理からすれば、ライバルのような存在だ。パフォーマンス向上のため、身体の一部を義体化してる――電子副脳を積んで、共創時の処理能力を高めてるんだ。それが最初に明るみになったときは、ルール的にどうなんだとめちゃくちゃ揉めたよ。由宇理が別にいいじゃんとか言って、そのまま認められちゃったけど」


 鍾さんは次に、黒々としたドレッドヘアーで強面の、老人の写真を指さした。胸から上だけの写真だったが、鍛え上げられた身体なのがよく伝わってきた。

「二人目は、碓井謡うすいよう

 この人は厳密には音楽家じゃない。音楽するアンドロイドムジカ・ジェネロイドの研究家なんだけど、音楽研究家でもあって、由宇理は彼に学ぶうちに、共創や琴瑟相和のアイデアを得たと言っていた。インディ音楽家の派閥のドンでもあって、碓井音楽学校なんて呼ばれてる。『八弦』を受け継いだ人の中では一番年上で、もう七十近い」


 三番目に指さしたプロフィール画像は、人間のものじゃなかった。精巧にできているが、3Dのアバターだ。灰色と紫の水晶がまだらにまじったような、半透明の髪が、中性的な、青白い顔の上に乗っている。

「次は谷津崎比呂美やつざき ひろみ――この人を捕まえるのが、一番厄介だろうなあ。Vtuber文化の熟成期に現れたパフォーマーで、八つの声と人格アバターを使い分けるバーチャルシンガーだった。容姿も本名も年齢も性別も、一切公開していなかった。仮想人格コンテンツを芸術の領域に高めた立役者なんだけど、もう十年以上活動していないし、連絡がつくといいけど」

 鍾さんは口をひねった。


「そして、この人も捕まえにくいかもしれない。ジャプニート・マサキ。インド系の日本人で、絶滅寸前の伝統音楽や希少言語の研究家なんだ。研究取材と成果発表とパフォーマンスで、世界中を飛び回っている」

 褐色の肌に豊かな黒髪、そして瞳は澄みきり、顔かたちは小さくまとまっている。なかなかの男前だった。


「そして、最後――この人はもう、捕まえようがない。白苔昇はくたい のぼる

 鍾さんの語気が、初めて濁った。

排外主義・レイシストの美学を、これでもかと芸術へと昇華してみせる、もったいないくらい優秀な国粋主義音楽家だった」

 軍服を着た、目鼻立ちのはっきりした優男が、優雅にフレームの向こうで微笑んでいた。

「まあ、二年前に暗殺されたけど。せめてご家族と接触して、断片だけでも受け取れたらいいんだけどね。


 と、こんなところだね」


 鍾さんの発表を受けて、僕は、訊かずにはいられなかった。


「あの、鍾さんは、フレーズを受け継いだ全員のことを知ってるんですか?」

「いいや、知らなかった。由宇理が死ぬ前に、七人分だけ教えてくれたんだけど。まさか、翔君みたいな若い子だったとはね」

「身に覚えがないんですよ、それ……」

「まあまあ」


 鍾さんは僕の肩を叩いた。僕はもう一つ質問をした。


「なんで、お二人は、僕にティティナを演奏させたんですか?」

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