2.SIDE-A_13 残されたものたち

「先生!」

「由宇理……」

 師匠と鍾さんが、ほぼ同時に声をあげた。声色は対照的だったが。


「何をどうするべきか、これでわかっただろう」

 代理人氏の声は、冷たかった。愛情にも戸惑いにもこたえるつもりがない、放り投げるような声だ。


 だが、それを押しのけるような真っ直ぐな言葉が応じる。

「はい!」

 師匠の声だ。代理人氏へと一歩ずつ近づきながら、問いかけに答えていく。


「『八弦』の断片を持つミュージシャンを集めて、断片の内容をモチーフにエリーゼと共創して、それで――。彼女の瞳を緑に変える。そして、『八弦』を完成させる。そうでしょう」


 褒められるのを待っている子供のように、まっすぐに、自分の師を見つめている。僕は胸が締めつけられるのを感じた。


「まあ、今はそこまでしかわからないだろう」

 代理人氏が、僕らに背を向けた。意味ありげな言葉に、師匠は言葉を継げなくなった。

 そしてまた、鉄格子の上に指をかけ、うなだれた。そして自分の師が、闇の向こうに融けていくのを見送った。


 その足元には、あのマンドリンがあった。

 青く光る弦が、三本に増えていた。上から四番目に、一本、少し太い弦が輝いていた。


「鍾くん、この子たちのこと、よろしく頼むわ」

 こちらを向くことなく、代理人氏は告げた。

「ああ」

 鍾さんは短く答えた。


「他の誰が何と言おうと、僕は君のこと、信頼してるから」

「ありがとう。また一緒に演奏しようぜ――コギト」

 かすれた声で呼びかけられた名前は、たぶん、僕にしか聞き取れなかっただろう。




 *


「収穫は、あった」

 現実に戻ってから、お客さんの拍手に背を向け、僕らは控え室に飛び込んだ。そこで、自分に言い聞かせるように、師匠が言った。

「弦も増えた。私たちの考えは正しかった」


 師匠の言葉に、鍾さんもうなずく。

「エリーゼが唯一の窓口であること――あの仮想空間に『演者として』ログインし、あのマンドリンの弦を増やすためのアクションをとるには、まずエリーゼと共創しなければならない。この推測も当たっていた。となると、ここからやることは単純だ。残りの、『八弦』の断片を持つ人たちに接触し、エリーゼとともに共創する」

 噛みしめるように継いだ言葉に、僕は暗い声を重ねてしまう。

「でも、残りの人がわからないんじゃ……」


 鍾さんは笑顔で応えた。

「僕は、残りの五人全員を知っている」


「え!」「え、じゃあ――」

 僕と師匠の驚いた声を、部屋に入ってきたバーテンさんが遮った。モダンタイムスのビールを携えていた。


「私、飲めないの。頼んだのに、ごめんね」

 師匠の言葉に、鍾さんも続く。「僕も遠慮しとこう。申し訳ないけど、お金は払うから、君たちが飲んでくれ」


 再び、ドアが閉じられるのを待って、鍾さんは話を続けた。


「さて、残り五名、発表の時間といこうか」

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