2.SIDE-A_12 ひとり
客席から、あ、という反応が零れた。
ステージ上の人々は、一瞬で僕の動きに反応した。
エリーゼは僕のオクターブ上で歌い始め、掛け合い始めた。師匠は、僕とエリーゼの間に、ハモるように歌い始めた。伯牙は自分のバックバンドをステージから消すと、オルガンの前に戻り、伴奏を始めた。そして四小節に一回、特徴的なフレーズを挿入した。
マンドリンが長音を表現するときに使うトレモロのような、細かい拍の連打。
師匠はその変化に機敏に反応し、伯牙のフレーズを歌に変えて、次のセクションを演奏し始めた。そしてそこでは、自分がメインのボーカルになった。
僕もようやく気がついた。伯牙が演奏したフレーズは、きっと彼と鍾さんが、桐澤さんから受け継いだフレーズだ。
僕とエリーゼと師匠だけの、実態としてはほとんどループ状態だった歌に、新展開が加えられた。
師匠が弦楽を重ね、ホーンセクションを重ね、厚みと広がりを加えると、伯牙がドラム・パーカッション隊を続々投入し、曲の輪郭を明確にしていく。
だが、加速度的に膨張し、盛り上がり、昂っていくサウンドに加わりながら、歌いながら、僕は迷っていた。
ここから、どうすればいい?
終わらせるのか?
逡巡しているのは、師匠も同じだった。
そのとき、伯牙と僕に目を合わせてきた。彼が流した視線の先で、エリーゼが歌っていた。
その瞳の色が、揺らいでいた。藍と碧の絵の具が混じったような具合で。
僕は、ほとんど反射的に黙っていた。
師匠がそれに続いた。
全体のハーモニーが、次第に薄くなっていく。跳ね上げるグルーヴも失せていく。
そして最後に残ったのは、単一の音を、本当に機械的に引き伸ばし続ける、エリーゼただひとりだった。
その瞬間、彼女の瞳が緑に染まり。
僕らはまた、あの劇場のステージの上に立っていた。
エリーゼひとりの声が、あの小宇宙の客席に吸い込まれ、とうとう消えた。
満員の客席は、押し黙っていた。
たった一つの拍手が、僕らの背後から聞こえた。
桐澤さん。
いや、代理人氏が鉄格子の向こうに立っていた。
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