3.SIDE-A_4 お茶目な人?

 巨大な立方体が、宙に浮いていた。いや違う。どうやら地面から積み上げられた立方体の一つがこちらに向けて飛び出していて、それが宙に浮いて見えていただけだ。立方体たちは一つ一つが、コンテナぐらいの大きさがある。それがドーム状に切り開かれた地下空間の一角に、子供が雑に積み上げたブロックのオブジェみたいに、鎮座していたのだった。


「これが碓井さんの家か」

 鍾さんが言った。これ、家なのか。


「すみません、すみません、碓井先生。私、また入口がどこかわからなくなってしまって……」

 師匠が平身低頭していた。

 この家、空調代がかさみそうだなあ、なんて、のんきなことをまた考えてしまった。


 *


 

 コンクリ打ちっぱなしの部屋に、ワインレッドの布張りチェア。

 そしてそこに腰掛ける、いかついマッチョの老人。白髪交じりのドレッドヘアで、室内なのにサングラスをしている。


 なんなんだ、この人。

 僕らはその前で棒立ちしている。


「碓井先生、ご無沙汰しております」

「お久しぶりです、先生」

 恭しく頭を下げる師匠と鍾さん。この二人がここまで敬意を示すなんて、何者なんだ。


「こちらは、守上翔君です。あのTheatoriumの劇場で、あのアバターに最初に接触したのが彼なんです」

 サングラス越しの視線が、僕の顔面に突き刺さる。それから逃げるように、僕は頭も下げる。威圧感が、すごい。怖い。


「そう、守上君――」

 バリトンボイスが塊になって、僕の低くなった脳天を小突いた。そこから震えが足元まで伝播して、僕は腹に力を入れた。


「――いらっしゃあぁぁああい!」

 突然、低くて重い猫なで声が、僕の全身を撫でていった。

「あなたがそぉなのねぇ、そんなかしこまらないでぇ。あ、どーも、碓井謡でぇす」


 すぐさま吹き出す声が二つ。

「もー、あんたたち、この子が何も知らないからってからかいすぎよぉ」

「へへへ」

「はっは」

 そうかあ。担がれてたのか、僕。

 その後振り下ろされた碓井先生の肩パンは、ありえないほど痛かった。


「それでねぇ、本題なんだけどぉ――あの譜面の話」

 笑い声が静かになった。

「あたし、あれ捨てちゃった」


「え」

 凍り付いた部屋の空気。師匠の顔が、画期的な色になった。

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