第一章 音楽の始まりについては、星野源が「Pop Virus」で歌った通りだと思う。

1.SIDE-A_1 絶望は創作の父

――――――――――――――――――――――――――

 クラウドミュージッキング。それは共創の祖先にして、世界が待ちわびた音楽スタイルだった。


 音楽を愛する多くの人が、幼いころ脳裏に素晴らしい音楽を妄想(イメージ)し、またそれを誰かに聴かせよう、かたちにしようとして、青春に悲惨な傷跡を残したのではないだろうか。

 私も、そのひとりだった。


 だがご存知の通り、現代において、そんな心配はもう無用だ。

 通信端末、ゲーム機、さらには拡張現実デバイスやBCI(脳コンピューターインターフェース)を介して、我々は直感的に、シームレスに、複雑な音楽を創作できる。

クラウドネイティブなアプリケーションの発達と、創作・評価AIの進化が、これを後押しした。


 二〇二〇年代の後半、世界中の人々が、仲間やAIたちと、不確かな空想でしかなかった音楽たちを現実へと変えていった。

 そんなムーブメントの中で、共創が音楽ジャンル、もとい競技として流行するのは、時間の問題だった。


 共創とは、大袈裟に言ってしまえば、二〇世紀後半以降の音楽の進化プロセスの、総決算だったのだろう。

 市民社会を経、大量消費社会にいたるまで、音楽において自明とされてきた枠組みを、流動化する試みたち――クラブミュージック、音楽配信サービス、サブスクリプションサービス、GoogleのA.I. Experimentsのような対AIコラボ、インタラクティブミュージック、ブレインメロディのような、最適化志向のインフラ的音楽――挙げていくときりがないが、それらの融合により、生まれるべくして生まれたのだと私は考えている。


 私にとって共創は、叶えられた夢だった。

 沢山の人が私を芸術家だとほめてくれる。それは非常に誇らしいことだ。しかし、私の本当の喜びは、人間もAIも、聴き手も演じ手も曖昧で、お互いを高めあい、奪いあうような、あの共創のカオスの中にある。


 生きている限り、きっと、ずっと、そうだろう。



――桐澤由宇理『人工知能時代の音楽作品』第一章より――



 *


「解答を終了してください」

 端正すぎる機械音声が、イヤホンの中にこだまする。


 二〇四〇年七月二十八日、十六時四十五分。模擬試験が、終わった。いろんな意味で、終わった。指示に従って、貸与されたイヤホンとコンタクトレンズ、そして終端処理端末である、IDiumイディウムとの同期を解除する。ペン型のIDiumを机に置き、その横腹、黒いラインを上からなぞると、投影型プロジェクションディスプレイが、真っ白な机の上に展開される。


 十秒後、試験の結果が表示された。

 『試験システムからのお知らせ』が、無機質なUIで残酷に告げる。


****************


《評価システム:《MUSICAムジカ-Logicsロジックス

《共創パートナーAI:Earwigエアウィグ


《五段階評価中、零(評価対象外)》

《最終局面評価値:-9999》


《講評》

「この歌詞に類似した表現を持つ作品を十五万件確認しました」

「当該箇所におけるコード進行、リズム、伴奏のフレーズ、メロディラインについて、共通性を持つ作品を三万件確認しました」……

「MUSICA-Logicsは、当作をデータベースへの追加に値しないものと評価し、受理しませんでした。それでも追加を希望される方は〈こちら〉、評価への不服申し立ては【こちら】からお願いします」

「ご気分を害されたなら申し訳ありません。作者様の今後のご活躍をお祈りしております。またの挑戦をお待ちしております。情緒安定剤、睡眠薬の処方が必要な方は《こちら》」……


****************


 いやー、まいったね。

 五段階評価中、零。

 ゼロ。

 0。

 なんだそれ、そもそもそんな評価ある時点で、六段階評価じゃないか。

 どうでもいい文句を内心こぼしながら、自前のIDium――こちらは役所にもらったカード型だ――を指紋認証で起動し、これまた自前の視聴覚デバイスと同期する。


 目を細め、見つめる。

 零。

 再び見やる。

 やはり、ゼロ。

 何かの間違いじゃないかと思って、もう一度じっと見やる。

 すると、あんまり視線を注ぐものだから、それを入力ジェスチャーとして認識したAIアシスタント「MinTSミンツ」が、気を利かせて、「0」をインターネット上で検索し、その意味を音声読み上げしてくれた。


「何もないこと」

 わかっとるわ。

 そんなとこで空気読まんでええわ。Mind Tracking Systemくんよ。

 言われんでも、わかりきっとる。


 そうだ、わかりきっていたことだ。


 試験疲れの眼が少し休まり、クリアになったリアルな視界。そこに映るのは、小奇麗な高校の教室。

 稜華りょうか芸大高等部――国立大学法人・京都稜華芸術大学附属高等学校にある、三十人収容のクラスルーム。


 そして、僕と同じように死屍累々の、受験生たちだった。


「終わった」

「死んだ」

「死ぬ」

「どうしよう」


 口々の愚痴も似たり寄ったりだ。


 ふと思った。僕は半年後、また同じように、ここに受験に来るのだろうか。模擬じゃない、本当の入学試験を。

 そして、次の春、こうしてここに座っていられるんだろうか。


 *


 わかりきっていたことだ。


 稜華芸大高等部の入試は、難易度も倍率も、今やうなぎのぼりだ。ましてや、花形かつ稼ぎ頭である共創家の育成機関――音楽専攻・電気電子音楽科・共創知能学専修の受験ともなれば、戦争だ。

 でも、その戦争の本当の悲劇は、競争にあるのではない。途方もなく合理的過ぎて、人間には不条理に思える、その試験のシステムだ。


 Generative生成的 Music音楽のAIと「共創」し、「琴瑟相和きんしつそうわ」の末に創りあげたサウンドを評価する。


 文章で書くとたった一行。だが、これが馬鹿みたいに難しい。



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