2.SIDE-A_10 一体全体、何度目かの恋

 それからの展開は、詳細に語るのもはばかられるくらいくそったれなので、概要を語るにとどめたい。


 結論としては、僕にいいところはひとつもなかった。

 にもかかわらず、演奏は非常にうまくいった。



 まず、僕が歌おうとした瞬間にエリーゼが歌いだしたことで、会場は爆笑の渦に包まれた。僕にできたことは、いかにもわざとらしく驚いてみせることで、一連の流れを仕込みのように見せかけることだけだった。


 問題はそのあとだった。


 一番が終わった後、エリーゼが歌い続けてくれれば僕は楽だが、完全にやることがなくなる。かといってボーカルをバトンタッチされても、何を歌ったらいいかわからない。


 チャップリンのように適当なおフランス語をでっちあげることはできるかもしれない。でも、それだとエリーゼの正しいフランス語の歌につながらない。

 原詩は、居なくなった女性を探し回る男目線の物語(MinTSくんが教えてくれた)。チャップリン版は、宝石をダシに若い女性をナンパするおっさんのパントマイム劇だ。話がずれているし、主人公視点が複数の歌い手で混在すると違和感がある。


 結局、どうしたらいいのかさっぱりわからないまま、うろたえた様子でエリーゼの周りをぐるぐるするしかなかった。すると一番が終わったところで、さも今僕の存在に気づいたと言わんばかりに、彼女は僕の方を振り向いた。


 自分が歌う番が来ると、直感した。

 できることをやるしかない。そう思った。選択肢なんかないなら、開き直るしかない。


 僕はインチキフランス語話者に変身した。


 ただ、チャップリンのやり口から少しアレンジを加えた。チャップリンはナンパおやじと女性の両方をひとりで演じたが、僕はナンパ男を演じることに注力した。

 そして、ナンパのターゲットにエリーゼを選んだ。


 僕は師匠一筋だが、ことステージの上では、多少の虚構もやむを得ない。


 僕は、外国でのぼせ上がってナンパを繰り返す、どうしようもない金持ちアジア人といった風の振る舞いを、(多分に想像で補いながら)繰り返した。そしてエリーゼ演じるパリジェンヌ(仮)を、リスペクトのかけらもない、適当なフランス語の歌で挑発した。でっちあげフランス語も、チャップリンの歌よりも原詩の雰囲気に寄せようと努力した。


 これ、結構ぎりぎりなネタでは。そう気づいたときには、もうすでに会場が暖まり過ぎていて引き返せなかった。倫理保全用プログラムが演奏を止めないことを祈りながら、僕ははしゃぎ続けた。


 幸運なことに、バックバンドは僕の雑対応によくついてきてくれた。

 エリーゼの洒脱な歌いまわしにはあえてジャズ調のアレンジを合わせ、僕のメインパートでは、拍感を重くして若干のタンゴ調交じりでスタートしつつ、やがてロシア舞曲調のサウンドへ移行した(なぜいるのかよくわからないと思っていたシンバル奏者が、実にいい仕事をしていた)。


 だがその直後、予想外のことが起こった。


 僕は二番を歌い終え、次の番をエリーゼに渡そうとした。だが、彼女は僕のフリを完全に無視し、立ちすくんでいる。

 そして、そんな彼女の代わりに歌い始めたのは、今まで完全に存在感を消していた、師匠だった。


 ステージに上がってきた師匠を見たとき、僕はをした。客席からも大歓声が上がった。

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