2.SIDE-A_2 問題が、多すぎる

「起きた事象は、ふたつ。ざっくりまとめると――」


①世界中の感情インフラシステムで障害発生。あらゆる端末で、デジタルデータとしての音楽が利用できなくなった。

②同時に、死んだはずの桐澤先生が「復活」して、告げた。

「『究極のサウンド』は放たれた。『八弦はちげん』を集め、これを捕らえ、音楽を解放せよ」


 共有視界上にホワイトボードを展開して、師匠が要約を書き込む。


「発生のタイミングからして、この二つはたぶんつながっている。感情インフラシステムに何か重大な問題が起きた、そして先生は、その発生を予期していた、そしてそのとき私たちにヒントを託せるよう、あの仮想空間を作っていた」

「なるほど」

「でも、納得がいかないこともある」

「へ?」

「どうしてそんなまどろっこしいことを?」

「あー」


「問題が起きることがわかっているなら、起こらないようにできたかもしれない。発生が避けられないとしても、前もって誰かに教えることができたはず。前もって教えられないとしても、今教えることができるはず。もっと具体的に」

「なるほどー」


 わかったような口をきく、相槌botと化した僕。師匠はと言うと、まったく僕の方を向いていない。ほとんど独り言のように語っている。

 でも確かに、事態の緊急性の割に、対応が冗長だ。


「そして、問題が多すぎる」


 師匠が顎を撫でながら言った。その通りだと思った。実際、インターネット上は、隕石雨でも降ってきたかのような大騒ぎになっていた。

 システムからのコンテンツの供給が止まっているだけならともかく、個人向け端末上での保存・再生までもが異常動作を起こしている。

 問題が、不気味に遍在している。

 川上で土砂崩れが起きて水が下りてこなくなったと思ったら、いきなり太陽が壮絶に輝いて、残った水も乾かしちゃいました、みたいな状況だ。

 あまりにもだ。


 たかが音楽の配信や再生ができなくなるだけじゃない。音楽を利用しているあらゆるコンテンツや広告の供給ができなくなっている。それらをビジネスで利用している人々の損害は大きいし、精神的な支えにしている人々への負荷も想定される。なんなら医療的に利用されているものの供給が止まるのが、一番危ない。


「問題への注意を喚起しつつ、私たちを?問題への対策を、あの劇場の仮想空間だけにほどこして、そこに私たちを集めて、というかそもそも、あの空間はどこに構築されてる?誰が提供している?――わからない」


 呻くような声が漏れた。とうとう、師匠は頭を抱えてしまった。僕は困惑した。


 でも師匠は、そんな僕の感情と重苦しい空気を、たった一言で祓ってしまった。


「面白くなってきた!」

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