2.SIDE-A_3 魔法の言葉

「へ?」

 僕はまた素っ頓狂な声をあげてしまった。


「守上君も言ってごらん。『面白くなってきた!』」

「お、面白くなってきた!」

「なんか、どうにかなるような気がしてこない?」

「……ならないです」

「ノリ悪いなあ」

 振り向いた、師匠の眉間に皺が寄る。可愛い。


「君にはないの?そういう魔法の言葉。君と、大切な誰かにだけわかるような、元気の出る言葉」

 ちょっと考えてみたけど、なかった。You ain’t楽し heardみは nothingこれから yet!だ!は、父さんがやたら言ってるだけだし。


「なさそうね。じゃあ考えといて。あとで聞くから」

「はあ」

 後で?

「とりあえず、さっさとここを出て、もっと情報を集めましょう。さ、いこいこ」

「え、僕も行くんですか?行っていいんですか?」

「君とエリーゼ以外、誰が来るの?」

 師匠はにんまり笑った。


「君は単なる事件の目撃者じゃない。どうやったかはわからないけど、エリーゼを目覚めさせ、桐澤先生に会って、そして事件の始まりに立ち会った。。そこじゃ誰もが主人公だよ」

「主人公……」


 僕の人生に、ずっと縁のなかった言葉だ。成績は中の中、運動はそんなにできない。この人への愛情というか、リスペクト以外には何の持ち合わせもない輩だ、僕は。


「君の歌を聴かせて。きっとそこにもヒントがある」

「はい」

 なんだろう。この人に言われると、全てが本当になる気がする。思い通りになってしまいそうで。

 少しだけ、怖くなった。


「さあ、今から私たちはパーティだよ。守上君、君が勇者!」

「え、いいんですか、こんな弱っちいので」

「いいっていいって。それで、私は――ごめん、やっぱり私も勇者で」

「えー」

「エリーゼは――」

 僕らは、黙りこくったままの彼女を見た。

「賢者?」

「僧侶」

「神官!」

「――あるいは……いや、何でもないです」

 実は、魔王ラスボス。そんなありきたりな展開が胸をよぎって、危うく口にしかけたけど、やめた。


 なんだろう、なぜだろう。

 まだ、空に青さが少しでもあるうちに、海を目指して歩き出したい。

 そんな気分になった。


「先生は、なんだろうなあ」

 愛おしむような声で、師匠が言った。少しの間のあと。

 心がざわついた。

「王様でしょう。最初に登場して、使命を与える人ですし」

「そうかなあ――」

 丸いままの声で、師匠は言い放つ。


「魔王じゃなきゃいいけど」


 夜が迫っている。廊下の中は、外よりなお暗い。


「魔法の言葉、早く、覚えるんだよ」

 

 心臓を掴まれたような心地で、声が出なかった。口を結んで、黙ってうなずいた。



 そのとき、師匠が僕を無言で制して、イヤホンを付けた。電話だ。


「はい――あ、はい、存じてます。今、『ここ』にいます。学生への慰問です」

 ここ、と言いながら、師匠は人差し指で真下を指さした。今頃は、ここの位置情報が電話の相手にも共有されていることだろう。

「え、こっちに向かってるんですか?はい、わかりました。ありがとうございます」


 電話を切って、口をへの字にし、こちらを向く。


「お迎えが来るってさ。大丈夫、味方だよ」

 そう言って師匠は歩き出した。僕はエリーゼの手を引いて、そのあとに続いた。

 エリーゼは、黙ってついてきてくれた。手を離すのが怖くなるくらい、従順に。


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