3.SIDE-A_2 沙原さんの本質

 完食後、コーヒーを飲みながら、師匠からシェアされた記事を読む。派手派手しい見出したちが、拡張視界上に展開される。


『「究極のサウンド」とは何か?』

『デジタル音楽の「突然死」――高度にインフラ化された音楽の宿命的な破綻』


 おーお、煽っとる騒いどる。素人同然の僕の目から見ても軽薄さのあふれかえる見出しの群れ。それに雲霞の如く連なるネット上のリアクションの数々。

 僕たちと同様、今回の障害と桐澤氏(もとい、代理人氏)を結び付けて報道している記事が多いものの、確証が得られているところはほぼないようだ。


 でも、大騒ぎする必要があるくらい、事態が深刻なことも事実だ。


『感情インフラ企業の株価、平均で四割の下落』

『個人ユーザーの推定被害総額五千億円』

『事実上のサービス停止と、ユーザーの解約に伴う企業側の損失は計り知れない』

『医療法人向けサービスでの実害発生を防げるか』

『感情インフラ企業、戴天興業代表取締役社長、沙原奇信氏の謝罪会見は「こちら」から』


 沙原さんの謝罪会見。

 ダイジェストしか見てないけど、要約された記事を読むに、今回の事象があくまで「障害」であること、その解決に全力を尽くしているということを強調しており、あまり謝罪会見らしくはなかった。それらしかったのは、冒頭、他の役員とともに頭を下げるまでの数分間のみだった。


 徹頭徹尾の、堂々とした態度だった。


 前に桐澤さんの本で読んだけど、沙原さんの本質は「エンタメマニア」で、次に「体験デザイナー」、そして最後に「社会への奉仕者」であるらしい。あくまで桐澤さんからみた沙原さんの気質なんだろうけど、会見を見ると、なるほどという感じだ。


 社会に対する責任を、説明と事態の解消への努力で果たそうとする。そのゆるぎない姿勢の根底にあるのは、デザイナーとしての主体性と、マニアとしての情熱なのかもしれない。むろん、年間売上五千億円、市場価値は二兆円を超える大企業の社長としての熱意もあるのだろうけど。


 でも残念ながら、そんな沙原さんの振る舞いは、大小の報道局チャンネルが期待する、「謝罪すべき者」「石をぶつけていい人間」の偶像にはあてはまらないわけだけど。

 会見を見ていた人の中だと、きっといらいらした人のほうが多かっただろうな。


 ぶおん!という警笛音とともに、レストラン全体ががたがた揺れた。

 レストランが面する大通りに停留所があり、そこに路面電車が到着していた。軋むブレーキ音が耳ににじむ。


「次の電車に乗ろう」

 鍾さんの声に合わせて、僕も立ち上がる。

「何分後ですか」

 僕は何となくそう尋ねた。

「さあ」

「わかんない」

「でしょうね」

 調べようともしないのが、この人たちらしい。


 出会って間もない人たちだけど、なんだかすごく、適当な印象だ。沙原さんの闘いに思いをはせた後だと、猶更そう感じる。

 でも、おかげで気が楽だ。


「今来てるやつに乗りましょう。待ってくれてますよ。きっと、あれが一番早いですよ」

 ブレーキ音の残響が耳にこびりついたままだったけど、僕は電車に乗り込んだ。

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