3.SIDE-A_9 一番弟子のゆえん
それだけいうとさすがに語弊があるので、一応補足する。
あの後、プールから上がってきた師匠と倫悟さんを交えて話し合いがなされ、碓井先生を除いた全員が参加して共創を行うことになった。そしてその際の演奏形式として、水中演奏が指定されたのだ。
「この子のポテンシャルを、百パーセント引き出してほしいのよねぇ」
というのが、碓井先生の談だった。
ポテンシャル。
倫悟さんのスペックについて碓井先生から聞かされていた僕たちに、その言葉は非常に重かった。
国際的に活躍するジャズミュージシャンを両親に持つ、音楽家の血筋としてはサラブレッド。彼自身もこの一年で、共創家として、急速に活躍の場を拡げてきた。
でも、この人の恐ろしいところは、育まれた才能だけじゃない。
彼は十代のころアッシャー症候群を発症し、重度の弱視と難聴を患った。体内埋め込み型のサポート機器により、普段の生活においてはなんら支障はない。でも、アーティストとして重大なハンデを背負ってしまったことに変わりはなかった。
ところが倫悟さんは、そのハンデをつとめてポジティブにとらえようとした。
「もうどうせ、人と違っちゃってるなら、徹底して違い続けてやろうって。そんで、そのとき思ったんです。人間以外の動物って、どんな音の世界を持ってるのかなって」
そして、両親を通じて知り合った碓井先生とタッグを組んで、義耳兼拡張聴覚デバイスに、特殊な改造を施した。
まず搭載したのは、魚のように、水を媒介に、骨伝導と
次に可聴域の調整能力。コウモリのように、超音波を聞き取り、モノの位置を把握する能力。
次に、クジラのように、水の中で歌い続ける能力を――これは自分で訓練して手に入れたらしいけど。どうしたらいいかは教えてくれなかった。
これらはあくまで、ほんの一例だ。
もちろん、水中やその他の特殊な環境下で演奏をするのに必要な、楽器やデバイス、ひいてはデジタル演奏・録音のためのソフトウェア音源にも手を出し始めた。さらには自ら自然に赴き、野生のサウンドスケープを録音して回ることも忘れなかった。
そうして準備万端整えつつ、倫悟さんは自分の感受性を限界まで拡張しようと奮戦した。あらゆる命と交信しようとした。街では鳥と歌い猫と暮らし、大地に耳をつけ、海でクジラと合唱し、森に出ては獣と木々とのシンフォニーに割り込んだり聞き入ったりしていた。そうやって彼らと自分をつなぐもの、隔てているものについて、少しでも知ろうとしたのだった。
そんな風に感受性を涵養した人の創る音楽が、とんでもないことになってしまうのは当然の帰結だった。
共創家としてのデビュー戦で、自然音の評価を苦手としていた戴天興業のAIを(ほとんどバグ技に近いやり方で)圧倒し、社のプロダクトマネージャーを顔面蒼白にさせ、方針転換を余儀なくさせた。
そんな風に鮮烈にデビューした、新星共創家の倫悟さんだが、僕は彼のことを全然知らなかった。理由は明白だ。僕は自分の師匠と、師匠の師匠までしかフォローしていなかったからだ。師匠の師匠のそのまた師匠の新しい弟子のことなんて、正直知ったこっちゃなかったのだ。
*
さて、そんな特殊環境での演奏に慣れた人間と、(手慣れているとはいえ)コンサートホールや電脳空間での演奏しか経験のない演奏家が、水中でセッションして、果たして勝負になるだろうか。
当然、なるわけがなかった。
共創技術時代の音楽作品 ベン・リー ※旧PN:伶々 わざおぎれい @wazaogirei
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