1.SIDE-A_11 死者の願い

「そして、また、ごめんなんだけど、きょう、僕はここで歌えません。演奏もできません」

 ホールの中は、大しけの海のごとくなった。

「代わりに演奏するのは、彼ら、そしてこれから集まってくる、彼らの仲間たちです」

 そう言って代理人氏は、僕とエリーゼを指さした。僕は仰天した。さっきと言っていることが違うじゃないか。

 お客さんの顔は、ステージの上からはほとんど見えなかったけど、きっとこちらに熱視線を注いでいるのだろう。父さんに言わせると、「嘘が下手な人たち」だ。


「えー、僕から、お願いがあります」

 両手で観衆を制しながら、代理人氏は続ける。少しずつ微笑み薄れ、目線が下がっていく。


「今日、このとき、この場所から、音楽の未来をかけた戦いが始まります。そして、彼らはその中に身を投じることになります――何のことか、さっぱりわからないと思います。彼らも分かっていません。

 ですが、この仮想空間から皆さんがログアウトし、リアルに戻るころには、色々なことが明るみになっていると思います。すでに過去の人間である自分には、謝ること、そしてヒントを残すことしかできません。

 どうか皆さん、彼らに祝福と喝采を。どうか最後の最後まで」

 動転一方の僕は、壊れた赤べこなみに首を振り振りした。縦に横に、客席に、代理人氏に。お客さんも大体似たような感じ。


 代理人氏が背筋を伸ばす。

 そして、聖堂の鐘のような気高い声色で、高らかに述べた。

「『究極のサウンド』は放たれた。『八弦はちげん』を集め、これを捕らえ、音楽を解放せよ――これが僕の願いだ」


 そう言って僕や観客に背を向けた。その足の向く先、ステージ後ろの壁に、大きな穴が開いていた。その奥には漆黒の闇。悲鳴とざわめきが客席からこだまする。


「桐澤さん!」

 僕は叫びながら追いすがった。

 追いついたとき、ぼそりと漏れた言葉が聞こえた。


「みんな僕のことを見てるのに、誰も僕のことを知らない」

 唇が、短く震えた。目の奥に火がついた。

「翔!エリーゼ!歌え!」


 僕の足は、完全に止まった。そして隣に立ったエリーゼとともに、続きを歌おうとした。

 でも、できなかった。

 不安と恐れと、悪い予感と、今、途方もない闇に融けていこうとする人の、その手を掴まなければいけないという意志とががんじがらめになって、声が、出なかった。

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