2.SIDE-A_7 ライバル

 不死鳥のごとくよみがえっためをさましたとき、真っ先に感じ取ったのは、身体の揺れ、静かな駆動音、そして首の裏の固くて冷たい感触。

 そして、さらさらした白い髪のすだれ。


 人類の発明、最新型ロボットであるエリーゼがなんと、僕に膝枕をしていた。


 やめて。

 もったいない。恐れ多い。恥ずかしい。ていうか首痛い。

 適度に現実に引き戻される類の痛さだ。


 身体を起こし、見回すと、そこは車の後部座席。革張りのシート、シックな内装。僕のお小遣い何年分かなんて、予想もつかないくらい、きっとお高い車の中。


「あ、起きた?」

 運転席から声がした。師匠がこちらを振り返っていた。運転はオートなので、脇見運転にはならない。


――師匠が膝枕してくれたらよかったのになあ」

「声、出てるって……」

「すみませんでした」


 *


 僕が気を失ったあと、師匠は自分の車を戴天興業のガレージまで運んでこさせ、僕をそこに放り込んだ。そしてその裏で、沙原さんと作戦会議をした。


 二手に分かれる。

 沙原さんは、自社で障害と、あの劇場空間の調査を行う。

 師匠は、僕とエリーゼを連れて、『八弦』の完成をめざす。


 そしてその作戦のもと、師匠は第三の弦を持つ人物に接触した。


 五日前に来日し、一昨日、昨日と東京で公演を終え、今日はのんびり観光に興じるはずだったその人は、一連の事件を受けて、大急ぎで京都へとやってきた。超音速プライベートジェットで。


 そして、三条木屋町のありふれた雑居ビルの地下で、ボディガードもつけずに僕たちを待っていた。でも、そんな仰々しいことをしなくても、オーラで分かった。


 大柄でがっしりした体躯、短くすっきりした、グレー交じりの髪、そして角縁眼鏡の奥で光る、少し細く、優しい目。

 何より、全身からあふれ出る、圧倒的な自信。


 師匠の姿を見るや、その人は口を半月にして笑った。


ジョンさん!」

 師匠が駆けだし、彼の手を掴み、肩を抱いた。僕はまた、エリーゼの頭を撫でた。


 ジョン子期ツーチー。日本だと、「しょうしき」と呼ぶ人が多い。

 桐澤由宇理と、数々の名共創しょうぶを繰り広げた、最大のライバル。


「久しぶりだね。立ち話もなんだ。行こう。さあ、そこの君も――失礼、名前は?」

 テナーボイスにのって、流ちょうな日本語が届いた。

「守上翔です」

「カケルくんか。素敵な名前だね。よろしく」

 差し出された手を握り返す。柔らかな感触の奥に、強かな芯があった。


 師匠が、薄暗い廊下の一番奥にあるドアノブに手をかけ、ひねった。

 ドアの隙間から漏れだす、わくわくさせる喧騒が、僕らを手招きしていた。

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