1.SIDE-A_7 死人

 声が、途切れかけた。

 だが、彼の目が促していた。続けろと。


 僕はすぐに、ここがどこだか合点がいった。大方、どこかの感情インフラサービスに構築された、仮想空間だろう。コンタクトレンズとイヤホンの中にしかない空間だ。でも、なんで飛ばされた?

 僕はエリーゼを見やった――君がつないだのか?


 膝の笑いをこらえながら、エリーゼに近づき、その手を取る。


 柔らかい人工皮膚の、冷たい感触――彼女は現実でもそこにいたらしい。彼女に隣に立ってもらい、僕らは歌い続けた。拡張現実内の僕らの声が、イヤホンから聞こえる。リアルな僕らの声は、その向こうから聞こえる。僕の内声が、頭蓋骨の中でくぐもる。ずれはほとんどない。多少の違和感は、かえって心地が良かった。


 僕らはお互いを導き合い、歌を終わりに近づけていった。桐澤さんの存在は、ほとんど意識しなくなっていた。

 僕らのロングトーンはトニックコードに戻り、盤石に終わった。

 そこに一人分の乾いた拍手。もちろん、桐澤さんのもの。


 背もたれに身を預け、脚を組み、彼はとてもリラックスしている様子だった。

「こんないいものを聴くのは、久しぶりだよ」

 チェロのように艶やかで優しい声。だが、完璧すぎるその音色は、周辺の空気をまとめて凍り付かせるような緊張感をたたえている。僕と彼との間に、空気なんてないはずなのに。

「ありがとうございます」

 本音ではないだろうが、とりあえず、素直に聞き入れる。


「ところで君は――ああ、そうか。君が『弦』を引き継いだのか」


 わかったような口を勝手に聞かれて、勝手に納得された。


「すみません」

「うん?」

「あの、桐澤先生ですよね?桐澤由宇理先生」

「そうだよ」

「本物、ですか?」

「本物の定義次第だね。まあ、ほぼ本物と言っても差し支えないだろう。正確には、といったところか」


 そんな――


「そんなはずはない、と言いたいのだろう」

「……はい。だってあなたは」

「死んだはずだ」

「ええ、五年も前に」


 桐澤さんはにっこり笑った。

 その見た目や振る舞いは、無くなった当時、四十五歳のころのものだ。おそらく、補正はされていない。

 しかし、なんて若々しさだ。引き締まった身体にぴったり合う、天鵞絨びろうど色のタキシード。白髪のひとつもない、艶やかな黒髪。これは染めればいいにしても、透き通るような肌に切れ長の瞳は、本当にこの人が四十路半ばなのか、というかそもそも男性なのかということを疑わせるくらいの美しさだった。引き合いに出すと可哀想だが、うちの父さんとはえらい違いだ。


「WBA――全脳アーキテクチャについては知っているかい?」

 桐澤さんが僕に尋ねた。僕は首を横に振る。

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