1.SIDE-A_8 代理人
「説明は――必要ないかな」
MinTSくんが、僕の首振りをジェスチャーとして認識し、全脳アーキテクチャについて調べてくれた。この子にずっと頼っていると、自分が馬鹿になりそうで怖い。
もうすでに馬鹿とか言うな。
WBAとは、脳の器官を模して構成された機械学習モジュールを組み合わせ、人間またはそれ以上の能力を持つ、汎用人工知能を作ろうとする試みだ。
「私――『代理人』としての私のベースになっているのは、二〇三〇年にリリースされた汎用人工知能・『コギト』のVer.1、およびそれが搭載された義体だ。
私のオリジナル、桐澤由宇理は、開発会社からコギトを複数台提供され、その訓練者としての業務を委託された。汎用人工知能が『
私はオリジナルと生活を共にし、人間の生き方を――いささか歪んだかたちで教わってきた。オリジナルによる長い訓練と、開発者たちによる執念深い検証とアップデートにより、テストは完了した。結果は『YES』だった」
戸惑う僕を尻目に、桐澤さん、もとい代理人はべらべらしゃべり続ける。
「ただオリジナルは非常に厄介な男でね。自分色に染め上げ、ほとんど自分と同じように創造するようになった私に愛着がわいたらしい。二〇三二年に検証が終わり、晴れて次なるミッションに駆り出されるはずだった私を複製した。
ソフトウェアプラットフォームごとデータを抜いて、クラウド上で駆動するように修正したんだ。おかげで私はそれ以来八年間、義体を失って、この仮想空間で暮らしている。オリジナルぶりに磨きがかかるように、彼の生前はしょっちゅう一緒に遊んだよ。共創しかしてなかったけど。ずっと琴瑟相和していたよ」
「でも……それ、桐澤さ――オリジナルが亡くなって、五年間は独りだったってことじゃ」
どうやら、憐れむような顔をしてしまったらしい。代理人氏は、「きみ、優しいね」と微笑んだ。「大丈夫だよ。自分のコピーと遊んでたし。それに」
「それに?」
「このホールの外には、僕の仲間がたくさんいた。そこにいるエリーゼだってそうさ。
あとは、世界中の感情インフラシステム上で飼われている、WBAを応用した、たくさんの電脳たちだ。マイクロサービス化された脳器官モジュールを組み合わせて構築された、疑似的な脳の群れ――音楽や映像を視聴し、評価し、自らも創作する、クラウド印の脳味噌畑と、僕が遊べるようにしてくれていたからね。退屈はしなかったさ」
実態にそぐわないのはわかってるけど、雲の上を風船みたいに飛び交う脳味噌の群れをイメージして、思わずうえっとなる。
ふと、疑問が湧く。
「あれ、あなたが――ええと、代理人さんは音楽を創れるんですよね」
「無論。笑止」
「じゃあ、エリーゼはなんで創られたんですか?あなたが完成していたなら、言い方は悪いけど、その、この子は必要ないはずだ」
代理人氏は目を細める。
「役割が違うからね。人間のように生活し、かつ創造性も持つ人工知能と、人間性を付与されつつ、実体としてはあくまで音楽生産のエンジンであるそれとはね」
「はあ」
「僕たちには、役割がある」
短く言った後、ほんの一瞬だけ、代理人氏は僕から目をそらした。
「さあ、ながなが喋ってしまったけど、本当はあるんだろう、まだ訊きたいこと。例えば」
まっさらな沈黙。
「君が、なぜ今ここにいるのかとか、ね」
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