3.SIDE-A_7 ラボ

「しばらく見ないうちに、また変な設備がいっぱい増えましたね。このあたりがラボなんでしたっけ」

「そうなのぉ。これ見てみて。この部屋にあるのが、新しい没入型のリスニング装置」


 鍾さんの質問に答えながら、碓井先生がすぐそばの部屋の扉を開ける。中には丸いパッドが敷き詰められた、アクリル製の棺桶みたいな装置が鎮座していた。


Synaシナ-studioスタジオの新作ですか」

「いえす」

「こっちは?」


「あれ、見たことなかったっけ?よぉ」

 二人の視線の先に、観音開きの扉がある。その窓の奥にも、もう一対扉があった。


「無音の部屋、ですか」

「うん、あそこに入って何か演奏しようとすると、回りのスピーカーから逆位相の音波を出されて、強制的に無音にされるの」

「え」

「沙原くんとこの出してる分析AIが組み込まれてるんだけど、それが曲や歌の展開を先読みして打ち消しちゃうわけぇ。部分部分で予測を外すのは難しくないけど、いちフレーズまるまる演奏しきれた人は今までいなかったわぁ」

「何人くらい挑戦したんですか」

「今のところ、百人くらいかしらぁ」

「……挑戦して帰ろうかなあ」

「やめときなよぉ」

「いや、僕と伯牙なら大丈夫です!でもなんであんなものを?」

「あの奥の部屋が、機密情報の塊なのぉ。無音の部屋のシステムが認証装置と同期されていて、AIの裏をかいて曲を演奏できたものだけが、奥の扉を開けて、その先に進めるってわけ」

「なるほど……ということは、先生は毎回、あの部屋に入るたびに演奏してるってことですか?」

「え?管理者権限で通ってるけど」

「ええー」


 ふと脳裏に疑問がよぎった。その、一番弟子さんとやらは、無音の部屋を突破できるほどの巧者なのだろうか。だとしたら、果たして僕なんかが共創に加わって、相手になるのだろうか。


「着いたわよぉ」


 そう言って、碓井先生は廊下の突き当りのドアを開いた。僕は、その向こうにいるであろう、まだ知らぬ音楽家の気配に、耳を澄ました。


 でも、聞こえてきたのは、浅い水音だった。

 扉の向こうにあったのは、二十五メートルプールだった。

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