第4話 少女の記憶

 露店街でフェルとご飯を食べた次の日、イルルクは教会からの仕事をする為、火葬場へ向かった。


 イルルクは普段よりも少し身嗜みを念入りに整えて、誰よりも先に火葬場へやってくると死体を待った。

 暫くすると木々の向こうから神官が遺族を先導して火葬場へとやってくるのが見えて、イルルクは少し目立たないように木陰の方へ移動した。


 結局死体を焼く時にその姿を晒す事になるのだが、それでもイルルクはなるべく人の視界に入りたくなかった。貴族たちは時折、驚くほど冷たい目でイルルクの事を見つめてくる。殆ど同じ金額を払っているにも関わらず、こんなやつに肉親の遺体を燃やされるのかと。

 教会から正式に依頼されている仕事なのだからと、イルルクも初めは堂々と立っていようと努めたが、結局その視線に耐えきれずになるべく目立たないようにする事にしたのだった。


 どうやら死んだのは年端もいかぬ少女らしかった。

 イルルクとさほど変わらない身丈で、赤いつやつやとした靴を履いている足は小さくて可愛らしい。イルルクにすら一目で高級と分かる布で作られたワンピースを身に付けており、裾はレースで覆われていた。

 少女の顔はヴェールに隠れて見えなかったが、すらりと高い鼻が顔立ちの美しい少女だったのだろうと思わせた。


 何故死んでしまったのだろう。勿論、遺族にそんな事を聞く訳にはいかない。後で記憶を見る際に分かる事だが、病気であれそれ以外であれ、幼い子供が死んでしまうというのは悲しい事だなとイルルクは思った。貴族の娘であれば、これからどんな未来だって待っていたに違いないのに。

 少女の手は胸の前で組まれていて、そこに何やらもこもことした布のかたまりのような物が握らされていた。

 イルルクはその何かの動物に似た布のかたまりが気になって仕方なかった。それが少女の記憶の中に出てくればいいのにと思いながら、遺族たちを見守る。


 父親と、叔父だろうか? 親族の男性が、少女の遺体を持ち上げると、どこにもぶつからないように慎重に火葬炉の中へと運んでいく。遺族らは神官に一礼すると、少し離れた所にある待機場所へと去っていった。遺体を燃やすのを近くで見ていたいという遺族は殆どおらず、大抵が待機場所で火葬が済むのを待っていた。


 イルルクは彼らの姿が見えなくなってから、焼きやすいように遺体を動かすフリをして少女に触れた。そこから少女の記憶が流れ込んでくるのを感じ、表情にはそれを出さないようにしながらいつも通り、火葬を開始した。

 少女の身体を炎が包み込み、ヴェールも服も靴も何もかも、灰になっていく。

 神官の祈りの言葉は彼女に届くだろうか。


 鐘が鳴るより少し早く、イルルクは少女の火葬を終えた。少女の身体は小さかった為、普段よりも早く燃え尽きたのであった。

 神官が銀で出来た掴みでもって大きな骨を陶器で出来た箱に入れていく。イルルクは周囲に散らばった細かな骨を箒で掻き集め、神官を手伝った。

 綺麗な骨だった。小さな骨だった。


 神官が骨を持って去っていくのを見送りながら、イルルクは神官に聞こえない程の声量で祈りの言葉を少女へ贈った。


 イルルクは一度周囲を確認してから、火葬炉の中へと入った。

 もう、数日先までこの火葬炉には誰も訪れない筈である。

 先程まで少女の横たわっていた場所にしゃがみ込み、耳を塞ぎ、目を閉じた。


 貴女の記憶を、見せてください。


 イルルクが願った通り、少女の記憶の中には布のかたまりが出てきた。それはぬいぐるみと言うらしかった。動物だけではなく、人の形をした物もあるらしい。色々な種類のぬいぐるみが並ぶ店内で少女は一つのぬいぐるみを選び出した。

 少女は選んだそれを父親に買ってもらい、嬉しそうに手を繋ぐようにして持った。それから母親に公園へ行ってくると告げて一人駆け出していく。

 少女がやってきた公園には老人と、何人かの男がいた。

 少女はぬいぐるみと共に、砂場で大きなお城を作ろうと遊んでいる。

 その視線の隅で、老人は男たちに何かを懸命に訴えているようだった。

 不意に、老人の目が少女を捉え、そして老人は少女へ近付いたかと思うと少女へ向かって手を伸ばした。

 老人の手が少女に触れるか触れないか、老人は地に伏した。老人の身体の下から、じわじわと血が地面を赤く染め上げていく。

 老人を殺したらしき男が少女へ近付くと、少女のの目を覗き込み、他の男と幾つか言葉を交わした。


『使えるか』

『無理に決まってる』

『博士は何かしただろうか』

『何も出来なかった筈だ』


 そして少女は、殺された。

 男は何も持っていなかった筈なのに、少女の肉体は切り裂かれ、記憶はそこで途切れた。


 イルルクは地べたに座り込んだ。

 普段は避けていた少女の死ぬ瞬間を見てしまったせいもあるが、しかしそれ以上に気になる事がイルルクの鼓動を早めていた。それほど暑い訳でもないのに身体中から汗が噴き出てくるのが分かる。

 老人は、老人の口は、確かに言っていた。


『わたしのきおくもみなければならない』


 あれは少女に言った言葉だっただろうか。

 イルルクには、老人にはまるでイルルクが少女の記憶を視る事を知っていて、少女の向こうにいる筈のイルルクに対して言っているように思えてならなかった。

 けれど、イルルクが死者の記憶を視る事が出来るというのはイルルクの記憶にある限り誰にも話した事がなかった。


 老人の死体は、火葬場には来なかった。

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