第46話 教祖の目的

 教祖のフェルを掴む手が弱まる。

 ようやく動けるようになったフェルが身体を揺すって抵抗すると、予想以上に簡単にその拘束は解け、抵抗した反動でフェルは地面に転がった。

 また教祖の手が自分を捕らえに来る事を考えすぐに体勢を立て直して立ち上がったものの、教祖は呆然としたまま卵状の物の方を見ていて、フェルの方へは視線さえも向けなかった。

 教祖は元々あまり良く無かった顔色を更に悪くしながら、ぶつぶつと何かを呟き始める。

 一瞬、何か魔術を発動させる為に呪文を唱えているのではないかと考えたフェルだったが、断片的に耳に届く言葉は呪文ではなかった。


「あれでも暴走し切らなかったのか……いや、しかしあれの中の魔力量を考えればまだ可能性は……」


 様子のおかしい教祖を睨みつけたまま、フェルは時間を稼ぐべきだと思った。

 教祖の口ぶりから、教祖が様々な事を画策してイルルクを暴走させるつもりだったという事は推測出来た。

 だがイルルクの置かれている状況が分からない今、イルルクがいるであろうあの卵のような物に対して教祖に何かされる訳にはいかない。


 イルルクが勝手にあの卵から出て来てくれるのなら、それまでの時間を稼ぐべきだ。しかしそれは期待薄だろうとフェルは思っていた。

 イルルクを強制的に目覚めさせるような何かを、フェル自身が、あの卵に対して何か出来るだろうか。自分に出来る何かを思い付くまでの時間を稼ぐ。

 フェルは更に思考を巡らせた。

 視界の中心に据えたままの教祖が何か行動を起こす素振りはまだ見られない。


 フェル自身も、状況が飲み込めている訳では勿論ない。

 イルルクが魔術院で何を視て何を聞いたのか、それを知っていた筈のキリは消えてしまった。

 他にイルルクと行動を共にしていた者と云えば、イルルクの使い魔だけだった。  フェルにはレギィの姿を見る事は出来なかったが、リィフィは見えていたようだった。リィフィにレギィがいないか尋ねようとそちらへ視線をやれば、リィフィはフェルの考えを読み取ったように首を左右に振った。


『イルルクの使い魔も、消えた』


 フェルはリィフィの唇の動きを読み取って落胆した。

 こうなればもう、推測をどんどんと深めていくしかない。

 二度殺すという発言を教祖がしていた以上、イルルクは魔石がどういう過程を経て完成する物なのか、それを知ってしまったのだろう。

 イルルクの高温の炎によって、キリが生きたまま焼かれてしまったのだと。

 それはイルルクのせいではなく、イルルクを嵌めた者。結局の所、目の前にいるこの男が原因である事は間違いない筈なのだが、イルルクにはそうは思えなかっただろう。自分がキリを殺したのだと、そう思うに違いなかった。

 そして、イルルクにそう思わせたこの男が許せなかった。


 あまり自分の意見を口にする事もなく、ずっと、ただひたすらファミリーの為に死体を燃やしていた大切な友人を。いや、友人などではない、家族だった。親代わりのリュエリオールから託された、大切な家族。兄弟と呼ぶには抵抗があって、その抵抗の理由には気付いていて気付かぬフリをしていた。紫の、子。

 帰ってきたなら、戻ってきたなら、もう二度と離してやるものか。


 他には何を知ってしまったのだろう、殻に閉じ篭るかのように見えなくなってしまったイルルクに対して、自分が出来る事はあるのだろうか。

 フェルはやや落ち着きを取り戻しつつある教祖に動かれぬよう、話しかける事にした。その中で何か分かる事があれば、それも思考の手助けになるだろうと。


「お前……何が目的なんだ」

「目的? 世界の焼却に決まっているでしょう」

「世界の焼却?」

「こんな世界はね、なくなるべきなんです。だから不安定な炎神の半身の力を暴走させて全てを焼き尽くす筈だった。少し予定は狂いましたが、まだ可能性は残されています。あれを無理やり壊しても恐らく結果は同じこと」

「させるかよ、その前にイルルクを起こす」

「そんなこと出来るとでもお思いですか?」

「うるせーな、やってみなきゃ分かんねーだろうが!」


 リィフィが狼の姿になってフェルの横に立った。人型でいるよりも獣の姿でいる方がやれる事は多いだろうと考えての事だった。ノーシュもその後ろに震える脚を懸命に抑えて立っている。

 未だに正体の知れない教祖に対して、正面突破が可能な戦力をフェルたちは持ち合わせていなかった。ノーシュの手元にはイルルクが描いた数枚の魔法陣があったが、イルルクが暴走しかけた時の炎を受けて衣服の乱れさえなかった教祖に、その魔法陣から放たれる炎がどれほどの効果を持つのか、ノーシュには分からなかった。


 その時、卵のようなものの方から紫の光の筋が三本、フェルたちの方へと伸びてきた。その光は三人それぞれを包み込み、全身を覆った。

 フェルたちは、それがイルルクの、神の祝福だと気付いた。

 イルルクはあの中で、壊れてしまった訳でも暴走し続けている訳でもなく、意思を持って、フェルたちを案じているのだ、と。そう思えた。

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