第45話 選択、暴走
「イルルク、俺を壊せ。二度殺す訳じゃない、俺は元々がイレギュラーだ。多分俺の魔力量が多かったのと、イルルクの炎の純度が高すぎたせいで自我が残ってしまっただけなんだ。分かるね、他のみんなは生きてる。フェルも、リィフィも、ノーシュもみんな、生きてるんだ。選ぶまでもない、イルルク」
「でも……でも……」
「イルルク、最初に言っただろう、事故だったって。お前はなにも悪くない。俺はイルルクに師匠と呼んでもらえて嬉しかったよ。特になにも教えられていないような気もするけどね」
「師匠……」
「ご相談は終了しました?」
イルルクは、ぬいぐるみをスボンから外し、胸の前まで持ち上げた。あの時は魔石を燃やす事は出来なかったが、自分の生み出せる炎の威力があの時よりも上がっている事は分かっていた。今のイルルクであれば問題なく、燃やし尽くせてしまうだろう事も。
イルルクの炎が、小さく灯ってぬいぐるみに燃え移っていく。フェルと作った、フェルを模したぬいぐるみの足が、腕が、口が、目が、焼けて、そして中から魔石が姿を現した。
魔石は仄かに光を放っていた。
殺す訳じゃない。
キリ自身から言われようと、イルルクにはそうは思えなかった。まだ生きていたのにイルルクが燃やしてしまった、奪ってしまったキリの命。キリの魔力とイルルクの炎によってキリの意識だけはこの世に残る事が出来たのに、またそれを奪うのか。
自分の足の下に積み上げられた死体の山を、また一つ積み重ねるのか。
「イルルク、冷静さを失うな」
それが、キリの最後の言葉だった。イルルクの紫の炎は太陽のように輝いていた魔石を包み込み、欠片も残さずに塵と化した。
もう、太陽は翳ってしまった。もう、イルルクを、照らす事はなくなってしまった。
イルルクの中でチリチリと燻っていた炎が一気に噴き出したような感覚に陥る。冷静になれとキリは言ったが、イルルクの手は、イルルクは、短期間の内に起こった色々の事象を全て受け止めるにはまだ幼すぎた。
イルルクが元の、
錯覚だと分かっていても、足元に積み上げられた死体の山をこれ以上踏み付けていられなかった。
身体の中に渦巻く大きな炎を止められなかった。
イルルクの髪は完全に紫になっていた。全身を紫の炎が包み、レギィと殆ど変わらない姿をしていた。涙は既に蒸発し、虚ろな瞳は焦点が合っていない。
イルルクの左の親指に嵌った指輪が、イルルクの理性が吹き飛びそうになるのを抑えているように光っていた。
しかしその指輪も、どんどんと上昇していくイルルクの体温に耐えきれそうになかった。
指輪が形を保てず、どろりと、イルルクの指から溶けて、落ちた。
その瞬間、イルルクの少し後ろに浮いていたレギィは、自分の形が崩れかけている事に気が付いた。
レギィが消えるという事、それはすなわち、イルルクの中に全ての魔力が戻るという事であった。レギィには分かっていた。今自分が消えれば、自分を生み出したこの少年は暴走すると。それを止められるのは、一人しかいない事も。
「イルルク、俺を消したらダメだ!」
レギィのその声は、イルルクに届く前に燃え尽きた。レギィがイルルクの中へ吸い込まれるように消え、その瞬間イルルクを包んでいた炎が天を衝いた。
一瞬、世界中が紫に包まれた。
教祖は歓喜の声を上げ、信者たちもそれに呼応するように喜びの声を上げた。世界は燃え尽きる。世界は生まれ変わる。そんな言葉がそこら中から聞こえるようだった。
けれど、ほんの一瞬世界が紫に染まった以外、何も起きなかった。
動けるようになったリィフィたちや、教祖、そして周りを囲んでいた信者たちは自身の身体に何の変化もない事を確認し、何が起きたのかと周囲を警戒した。
世界を包んだ紫の光はイルルクが立っていた場所に向かって収束しているようだった。薄い魔力の膜がどんどんと球体を形作っていくように見える。全ての光が収束した後には、人間大の紫の卵のような物が浮かんでいた。
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