第44話 紫炎葬送団
「”
「イルルク!」
教団の信者たち諸共、研究室の壁を高圧の炎で吹き飛ばしたイルルクに、フェルがしがみ付いた。リィフィのかけた光の護りを身に纏って尚、完全に防ぎきれる炎ではなかったが、必死にしがみついたフェルを見てまたイルルクは動揺し、そして揺れた紫の瞳から大粒の涙を零した。
イルルクを包んでいた炎が収まっていくのを見て、白髪の男はクスクスと笑った。
「フェ、フェル……」
「お前またやらかす気かバカ」
「お待ちしてましたよ、お姫様」
「てめぇが諸悪の根源か……!」
「わあ、こわいこわい」
「ふざけやがって……!」
研究室内にいた信者たちは瀕死の火傷を負っている者が殆どだったが、目の前の男は相変わらずの笑顔を崩さないまま、衣服の乱れすらもなかった。
イルルクは自分がまた暴走しかけた事に不甲斐なさを覚え、それと同時に自分の炎を受けて平然としている男の存在に恐怖した。
自分でも御しきれなくなっている炎を受けても、服すらも燃えないのか。
男は噛み付かんばかりに威嚇するフェルに笑顔を一瞬向けたかと思うと、ゆっくりとした足取りで一歩ずつ近付いてくる。
「遅ればせながら皆々様、お初にお目にかかります。
教祖の歩みはフェルに向かっていたが、視線は絶えずイルルクへと向けられていた。イルルクは未だ先ほどの衝撃から立ち直れず、地面にへたり込んだままであった。
もしイルルクが立っていたとしても、教祖から発せられる威圧によって指を動かすことすらも困難であっただろう。現に、リィフィですら教祖がイルルクとフェルに近付いていくのをただ眺めている事しか出来なかった。
教祖はフェルの首に右手をかけ、そのままグイと持ち上げた。フェルは抵抗しようとするが、身体は動かない。教祖の手が触れた所から、身体中の力が抜かれていくような感覚に陥るのだった。
フェルを持ち上げたまま、教祖はイルルクから数歩距離を取った。それからイルルクに対してだけ、威圧を緩める。イルルクの身体からガクリと力が抜け、レギィがその背中を懸命に支えた。
「炎の子よ、選びなさい。この子を殺すか、キリルスモーヴを殺すかを」
「なにを……」
「ちょうどいい、貴方がどちらを殺すか選べないというのなら、我らがそこの男たちを殺します。さほど親しいとは思えませんが、優しいイルルクなら心が傷むでしょう? さ、大事な人を殺すのか、師匠を二度殺すのか、選ぶのです」
「イ、イルルク……」
「フェル……!」
イルルクはキリの包まれたぬいぐるみを握りしめた。フェルと対のぬいぐるみ。その中に隠された、太陽のような色をしたキリの瞳と同じ色の魔石は、イルルクの罪の証だった。
嵌められたと皆は言っていた。けれどキリを生きたまま燃やしてしまった事実は揺らがなかった。キリを、二度も殺すなんて、イルルクには出来そうもなかった。けれどそれ以上に、フェルを殺す事も選べなかった。
イルルクは涙の跡を拭う事も出来ず、リィフィたちの方へ視線を向けた。ノーシュは勿論、リィフィもやはりまだ動けないようで、憎々しげに教祖を睨んでいる。
ルドリスを燃やした時、リィフィが拾った石はルドリスから出来た魔石だったのだと、イルルクはその時思い至った。ルドリスも魔力が石になる程度には魔術師であったのだ。
リュエリオールも殺して、ルドリスも殺して、全てが仕組まれていたとリュエリオールは言ったが、それはどこからの事を言っていたのだろうか。
イルルクがこの世に産み出された事こそが、許されない事だったのか。イルルクさえ産まれなければ、炎神は今も一人のままで、博士は生きていて、キリも、それどころか中央特区の子供達、イラランケ、カロラルンの子供達、隠密部隊の人たち、ヤクニジューの住民たち、みんな、みんな死ななかった?
イルルクの頭の中は、今まで出会ってきた人々の顔で埋め尽くされた。思い浮かべた人々の中で、今も生きているのは誰?
何人の人が死んだ?
イルルクは自分の思考回路を止められなかった。どんどんと深みに嵌っていく事を自覚しながらも、自分がここに立っている事の罪深さについて考えずにはいられなかった。
イルルク一人がこの場に立っている事の為に、一体何人もの犠牲が必要だったのか、イルルクはぼとぼとと涙を零した。
今だってイルルクの行動一つで何人分の死体が増えるのか。
イルルクは自分が今立っている地面が、全て死体で出来ているような錯覚を覚えた。イルルクの足に踏み付けられた何人もの死体が血の涙を流してイルルクに恨み言をぶつけてくる。そんな錯覚を。
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