最終章 紫の子
第47話 炎神
イルルクは
自分はどうなってしまったのだろう。
周囲を見回そうとしたイルルクの目の前に、博士の記憶で見た炎神が突如として現れた。
「え、炎神さま……?!」
「お前、せっかくやった力で世界を破壊するでない! オレが囲わなかったら世界は今頃全てが灰と化しておったのだぞ!」
イルルクは炎神が顔をズイと寄せてくるのに驚いてあわあわと後ろに下がった。そんなイルルクを見て炎神は片眉を上げて溜息を一つ吐き、イルルクから適当に距離を取った所に
「魔石の魔術師が言っておっただろう、冷静になれと。速攻で暴走してどうする」
「ご、ごめん、なさい……」
お前も座れと炎神の前の空間をぽんと叩かれ、イルルクは恐る恐るといった風に炎神の前に膝を抱えて座った。何度もキリに言われていたのに、キリを、魔石を割った瞬間に何も考えられなくなった自分が情けなくて、イルルクは自分の脚をぎゅうと強く抱きしめた。
今、外の世界がどうなっているのかイルルクからは見えなかったが、炎神が何とかしてくれたのだろう。それもまたイルルクを落ち込ませる要因の一つだった。
フェルは、無事なのだろうか。
フェルもリィフィもノーシュも生きているのだと、そう言ってくれていたのに、分かっていた筈だったのに。イルルクは三人が教祖に何か害を加えられているのではないかと不安になり、炎神に尋ねた。
「みんなは大丈夫なの?」
「ん? ああ、あの三人……二人と一匹か。今のままでは死ぬだろうな」
「な、何とか出来ないの?」
「強く念じてみろ、お前も祝福の一つや二つ出来るだろうて」
イルルクは言われるがままに瞳を閉じ、三人の無事を願った。自分に炎神の力があるのなら、護りをと願った。イルルクの髪がふわりと浮かび上がり仄かに光ったかと思うと、その光が三本の筋となって飛んでいった。
「で、きた?」
「はぁぁ、こんな事から教えねばならぬとは……。どれもこれもオルークスのやつがお前を人間として世に放ったりするからだ。全ての知識を有した上にオレにそっくりな最高に完璧な
「ぼ、ボクは人間として生きられて嬉しかった」
「じゃあ暴走するでない」
「う……」
イルルクは何も言えなかった。これから自分がどうしたらいいのかも分からなかった。今の自分はもう、暴走してしまうような不安定な状態でない事は感じるが、だからといって自分が炎神のように振る舞えるかと問われれば、どう考えても無理だった。
「博士が消したっていう記憶を取り戻したら、ボクも炎神様みたいになれますか?」
「ん? んー……どうだろうな。オレを半分に分けた者がお前だからなあ。オレとはまた違う感じになるのではないか?」
「博士の記憶で視たボクみたいになりますか」
「いや、あれはまだ未熟だったからな。知識はあるが世界を知らなかった。あれと同じにはなるまい」
自分は世界を知っている事になるのだろうか、とイルルクは考える。確かに博士の記憶の中で視たイルルクよりは遥かに沢山の物に触れた。沢山の物を知った。いい人にも、嫌な人にも出会った。けれどそれが即ち世界を知った事になるのか、イルルクには分からなかった。
それに世界を知ったところで、それは結局被害者を増やす事と同意だった。
イルルクが世界を知った事の対価として何人の人が死んだのか。またイルルクは自分が犠牲にした人間達に引きずり込まれていった。
うんうんと唸るイルルクを見て、炎神はまた深く溜息を吐いた。
「全く……、冥府の王の座も譲ったのだぞ、オレは」
「え?」
「まあ譲ったというか、勝手に流れていったというか……あの頃のオレは死者の門を開いて冥府の王の座を無理矢理オレの物にしたばかりだったのでな。あまりオレに馴染んでおらずに、お前の方に吸収されたのだ」
「じゃあ、ボクが死者の記憶を視る事が出来るのは、そのせい?」
「そうであろう。それと、なんだ、生きている人間と暮らすより、死者に囲まれていたいとか思うのではないか? その辺も影響しておるのだろう」
それで博士はイルルクが火葬人になったと知った時、時期が時期だからと納得していたのか。イルルクは炎神のその言葉を飲み込みながら、しかし受け止めきれずにいた。
冥府の王、それは、冥府と呼ばれる場所に行く事が出来て、ともすれば死者に会えるという事なのだろうか。イルルクは炎神に尋ねずには居られなかった。
「し、死んだ人に会えるの?」
「会えるかは分からんが、行ってみるか? 冥府」
イルルクは、大きく頷いた。
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