第2章 森へ

第12話 森の民

 イルルクたちは森へ入っていた。


 ヤクニジューから森へ入るまでは、姿を隠す物が何もない為に走って移動していたが、森に入ってからはなるべく移動の痕跡を残さないように慎重に歩いた。

 ルドリスは何度か別の街への使者としてこの森を通ったことがあるらしく、まずはその時に行った街へ向かうと言った。森には旅人たちが切り開いた移動の為の道があったが、イルルクたちはそこを使わず、木々の間を縫うように進んでいた。


 暫く進んだ時、ルドリスとフェルが同時に足を止めた。フェルがイルルクを腕で制し、イルルクも立ち止まった。何か問題でもあったのかとイルルクが口を開く前に、ルドリスが言った。


「フェル、何人だ」

「八人。五人は近接武器しか持ってないと思う。三人は……弓と、あと罠も仕掛けてる」

「上出来だ」

「どうする」

「お前は五人の気を引け、俺は遠距離の連中から先にやる。絶対に殺すなよ、奴らは執念深い」

「イルルクは?」

「一旦木の上に隠そう」

「分かった」


 ルドリスはイルルクを担ぎ、近くの木に登った。そのまま何本かの木を移動し、それなりに高さのある木の股にイルルクを座らせた。

 ルドリスは草陰に潜んでいるフェルに舌を鳴らして合図し、また木々を移動していった。

 イルルクは少し恐くなりながらも、状況を把握しようと立ち上がった。良く茂った枝葉が邪魔をしたが、人影が動くのは感じられた。そしてふと上げた視線の先に、気になる物を見付け、それに釘付けになった。

 あれは……。


「なんだこのガキ!」

「うわっ!」

「火だ! 火を消せ!」


 フェルはルドリスの合図と同時に駆け出した。腰にぶら下げた短剣を抜き、逆手で持つ。何度かルドリスに矯正されたが、フェルにはこちらの持ち方の方が扱いやすかった。

 片目を瞑り頭を低く保ったまま、フェルは焚き火から少し離れた所に立っていた男に近付いた。そのまま足払いを仕掛け、倒れていく男の身体に体重を預けるようにして短剣の柄を腹にめり込ませる。

 それから慌てる男の肩に飛び乗り、別の男に向けて蹴り飛ばしながら、その反動を利用して近くの木に飛び移った。焚き火の炎が消された瞬間、瞑っていた目を開いて木から飛び降り、焚き火の横で逃げようとする男に着地しつつ首元に一発。

 残りは一人と姿を探していると、既にルドリスが自由を奪っていた。


 ルドリスがイルルクを迎えに行くと、イルルクは先程までフェルたちが大立ち回りを繰り広げていた場所ではなく、少し離れた場所を見つめていた。


「どうした」

「……あれ、死体の山かも……」


 イルルクが木から降りると、フェルが八人の男たちを手際良く拘束していた。

 手持ちの縄では足りなかったのか、そもそも縄を使うのは勿体ないと思っていたのか、その辺りから蔦を切ってきたらしく、男たちは緑色の塊となって地面に転がっている。

 口元は塞いでいないが、戦意は完全に喪失しているのか、それとも単純に痛みのせいで声が出せないのか、男たちは叫び声を上げる事はなかったし、仲間を呼ぶ事もしなかった。

 イルルクが二人に、木の上から見えた死体の山らしきものについて話すと、捕らえられた男たちが苦しげに口を開いた。


「あれは俺たちの同胞だ、手を出すな」

「手を出すなって……あれが貴方たちの弔い方なんですか?」

「……いや、彼らは、彼らは流行り病で死んだんだ。村では弔えない」

「それで山積みかよ、何が同胞だ」

「フェル」


 憎々しげに吐き捨てるフェルを、ルドリスがたしなめる。イルルクは、男たちの前にしゃがみ込んで言った。

 火葬させてほしいと。

 火葬人というのは男たちには馴染みがなかったようだが、しかし火葬と云う方法がある事は知っていた。骨を残す事も出来るし、残さない事も出来るとイルルクが言うと、一人の男がそれに答えた。


「俺は、村長なんだ。……ガキの頃からあのやり方には納得行ってなかった。頼む、骨も残さず焼いてくれ」


 初めに手を出すなと言った男が、やや不満げに村長らしき男を見たが、しかし反論はしなかった。他の男たちも、何か言いたげに視線を彷徨わせたものの、結局何も発言する事なく、目を伏せた。

 ルドリスとフェルは男たちの拘束を解いてやり、彼らと共に死体の元へ向かうのだった。

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