第53話 大団円の、その前に

 教祖が完全に燃え尽きた所で聞こえてきた叫び声は紛れもなくキリの物で、あの日フェルの家で聞いたキリの第一声を思い出して懐かしくなる。

 じわと目に浮かぶ涙を堪えながら、イルルクはキリにおかえりなさいと言った。

 キリは訳が分からないといったように混乱の声を発していたが、フェルが自分の行った事を説明するとその事象への興味が勝ったようで静かになった。


 フェルがイラランケで買ったあのピアスを自分の為に使ったと聞いて、キリは申し訳なさそうにフェルに謝罪したが、フェルはもうあれは自分には不要の物だったと言って笑い飛ばした。

 それからイルルクはレギィを作り直した。レギィはイルルクの姿を見ると飛び上がって喜んだ。


「イルルクはもう炎神様みたいなもんだろ? その使い魔だなんて、すげ〜」


 イルルクの周りをひゅんひゅんと飛び回っていたレギィは、やがて満足したのかイルルクの肩の上に腰掛けて落ち着いた。

 それからイルルクはレギィを形作るのと同じ要領で、肖像画で見たキリを思い出しながらキリを作った。

 イルルクたちの目の前に、どんどんとキリルスモーヴが出来上がっていく。


 そのキリの形をした使い魔にフェルの手から受け取った魔石の欠片を埋め込むと、キリは目を何度もぱちぱちとさせながら手を握ったり開いたりして久しぶりの肉体に喜びの声を上げた。


「こ、これすごいなイルルク! イルルクの魔力を借りて炎と風の混合魔法が打てそうだ」

「師匠が喜んでくれて嬉しいよ」

「……炎神様に師匠と呼ばれているみたいで複雑な気持ちになるな……キリと呼んでくれ……」


 肉体を得たキリがどんな魔術が無詠唱で発動出来るのかを試し始めた頃、炎神は用は済んだとばかりに消え去ってしまった。冥府の王の仕事をきちんとやれよと、イルルクに言い残して。

 イルルクはそんな炎神に少しだけ文句を言いたかった。

 貴方の勝手にどれだけの人が巻き込まれたのか分かっているのか、と。

 けれど結局その言葉はイルルクの心の中にしまい込まれた。


 イルルクが炎神に何を言った所で聞き流されて終わるのだろうし、イルルクがこうしてイルルクとして立っていられるのは、炎神の気まぐれのお陰に他ならなかったからだ。

 イルルクは、幸せだった。今こうして、キリと、フェルと、みなと笑いあえるこの肉体を持てた事が。

 博士に愛され、リュエリオールに愛され、ルドリスに助けられたこの命がある事が。


 少しでも炎神によって皺寄せを食っている人たちの助けになれたらと、イルルクは思った。それは、覚悟に似ていた。



 フェルたちはイルルクの成長した姿に驚いていた。

 自分よりずっと背が高くなってしまったとフェルは不満げだったが、イルルクがフェルたちと別れた後に何を見たのか、暴走しかけて炎神と会ってから何があったのかを話し始めると、不満そうな顔を消し去って話の先を促した。


 イルルクが根本的には人造人間ホムンクルスであり、炎神の力の半分を受け継いで人の形を得られたのだと。そう告げた時には皆さほど驚かなかった。

 イルルクの暴走を見て、炎神そのものを目の当たりにして、普通の人間ではないだろうと思ってはいたのだとノーシュは言った。光の精霊王に謁見出来るのも、それなら納得だとリィフィは頷く。

 フェルはただ、イルルクは特別だと思ってたからと笑った。

 イルルクは、フェルならば何も心配はいらなかったのだと思った。

 人間と、人造人間と、神様と、そういった括りではなく、ただイルルクをイルルクとして見てくれるのがフェルという人なのだと、改めて思った。


 研究室に今も博士が眠っている筈だとイルルクは思い出した。

 イルルクたちは研究室へ戻り、保存液の中から博士を取り出すと埋葬した。

 博士の魂はもう別の誰かに生まれ変わってしまっているけれど、それでもイルルクは博士の遺体を丁寧に時間をかけて焼いた。

 祈りの言葉も、忘れなかった。


 リィフィは冥界でのルドリスの話を聞くと、満足そうに笑って精霊王の元へと帰って行った。

 きっとまた、すぐに会えるだろう。そう言って笑ったリィフィには、一体どこまでの事が分かっているのだろうとイルルクは思った。


 それから、ノーシュがイルルクに尋ねた。


「それじゃあ、イルルクさんは冥府の王になるんですか?」

「うーん……」

「行くな」


 フェルが、イルルクの腕を掴んで言った。その目は真っ直ぐにイルルクを貫いて、イルルクは勝手に心臓が鼓動を早めるのを感じながら、努めて冷静に聞き返した。


「フェル?」

「もう、どこにも行くな」


 イルルクは、"想い人"と言われた事を思い出していた。

 光の精霊王と話していて、思った事も。

 人造人間で、神の半身で、それでも人間として生きてほしいと博士は望んだ。

 自分の意思は?

 結局人造人間として完璧だった頃の記憶は戻らないまま、知らない事の多過ぎるイルルクとして、どうやって生きていきたいと願うのか。


「ボクは……」

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