第54話 決意と変化

 イルルクは、冥府にいた。

 リリミアが座っていた玉座の隣に、今は同じような意匠の玉座がもう一つ並んでいる。そこにイルルクは腰掛け、キトリから冥府についてのあれこれを教わっているのだった。イルルクが何か質問をする度に、キトリより先にリリミアが嬉々として答える。

 この光景は、冥府の新たな名物になっていた。

 イルルクは、自分の持つ権能を使うより先に、まずは冥界の事を知りたいと二人に頼んだのだった。

 イルルクが一人前の冥府の王となるまではリリミアが王代行を。イルルクが王となった後も、補佐としてリリミアには共に冥府を治めてもらう事になっていた。

 あの時の約束の通り、リュエリオールとルドリスにはあれ以来会っていない。本来であればそれもいけないのだろうが、二人が新たな生を受けた時には、その事だけは教えてほしいとリリミアに頼んであった。


 冥界はイルルクの想像していたよりもずっと深く広大で、そしてイルルクが扱う事の出来る権能の数々も、おいそれと使うような代物ではなかった。

 イルルクは自分に新しい知識が増えていく事を嬉しく思いながら、神殿での勉強に精を出すのだった。



 教祖を消し去ってから、復興に際してヤクニジューは大きく変わる事となった。

 中央特区と居住区の間の壁は取り払われ、居住区間の壁も再建されずに完全に撤去された。

 中央の魔術塔はそのまま残されているものの、ヤクニジューは大きなただ一つの街になったのだった。


 魔術師たちは、全員が殺されていた訳ではなかった。隠れ潜んでいた魔術師たちはイルルクと炎神が並び立つのを見て、イルルクが炎神の半身でありつつオルークス博士の生み出した最高傑作だと担ぎ上げ、イルルクを魔術院のトップに据えようとした。


 しかしイルルクはそれを望まず、代わりにキリを魔術院のトップに推薦したのであった。キリは既に誰にでも認知出来るようになっていた。それは勿論、魔力を一欠片も持たないフェルがキリを認知する為にイルルクが為した処置だった。


 死んだと思われていたキリルスモーヴがイルルクの使い魔となって戻ってきたという事実に驚いた魔術師たちだったが、キリルスモーヴが総帥になる事に反対する者は一人もいなかった。


 キリの魔力量はイルルクからの供給により生前より更に増加したらしかった。

 元々の風の属性に加え、イルルクの炎までも扱えるようになったキリは、最強の魔術師と言っても過言ではない程の実力を持っていた。

 全会一致でキリは魔術院の総帥になり、それからイルルクと共に様々な事を整備して回った。一番初めにした事は、魔術院による母胎への干渉を禁止する事だった。

 ノーシュはキリの紹介した魔術師の弟子になり、そのまま魔術院へと入った。


 貴族たちは教祖の正体を聞き、あるものは嘆き、あるものは憤慨し、あるものは許しを請うた。魔力のあるなしで差別化を図る以前までのヤクニジューを捨てようと壁の撤去を望む声が大きくなった結果、魔術師たちも貴族も、身分の差は依然としてあるものの、しかし前までのようなあからさまな差別はヤクニジューの中では減っていったのだった。


 生まれ持った性質を否定しない、それがヤクニジューに住む者たちの、唯一の決まり事になった。



 結局、教祖に世界が作り変わると唆した者は誰だったのか、イルルクたちには分からなかった。神の力に目覚めた事を報告しに行った時、光の精霊王には思い当たる節があると言っていた。しかし、教祖がいなくなり、魔術院が開放的になった今の世界であれば、再び教祖のような者は現れないだろうと言って詳しい話はしてくれなかった。

 光の精霊王が大丈夫だと言うのならば、大丈夫なのだろう。

 イルルクはその件に関しては、それ以上の深追いを止めた。


 教祖を形作る元になっていた赤子たちは、リリミアが管理しているらしかった。

 赤子たちそれぞれに罪はないとはいえ、教祖のした事、しようとした事を受けて、新たな生を受けるまでにはまだ暫く掛かるだろうという事だった。



 ヤクニジューの変化は他の都市にもそれなりに影響を与えた。

 ヤクニジュー以外でも魔術師たちの姿を良く見かけるようになり、魔術院の中だけで秘匿されてきた術式なども広く世界に広まる事となった。

 イルルクは、ヤクニジューで育った者が外に出る事によって、どんどんとヤクニジューの思想が広がっていけばいいと思った。

 その行く末を見守るのも、自分の役目だと。



 ファミリーは解散となった。

 リュエリオールが存命だったとしても、ヤクニジューの壁が取り除かれた事で恐らくファミリーは解散となっていただろう。未だに元々のファミリーが原因となって乱闘が起こる事もあるが、街の人々がそれを笑って眺めていられる程度には、平和だった。

 イルルクを見た事がある者たちは、揃ってリュエリオールの慧眼を褒め称えていた。イルルクはそれを聞いて少し嬉しくなった自分に気付いて、いつまで経っても自分の中にリュエリオールが大きく残り続けている事を思い知らされるのだった。

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