第26話 光の精霊王との謁見

 階段を何段上っただろう。完全に光の中に入ってしまったイルルクは数回不安げに振り向いたが、もはやリィフィの待つ広間は全く見えなかった。

 それからまた暫く階段を上り、イルルクは突然眼前が開けたことに驚いた。

 そこはドーム状の天井が浮かんでいる空間で、周囲は何物にも囲まれていなかった。見回せば世界の全てが見えそうなくらい、高い所にいた。


「良く来た、イルルク」


 スラリとした長身の、耳の尖った男性がその空間の中央に座っていた。

 男性の座る玉座は光の粒子で出来ていて、それと同じ物がイルルクの前に見る間に出来上がっていった。

 イルルクはそこに座るよう促され、言われるままに腰掛けると玉座が滑るように動いてイルルクを精霊王の目の前へと運んだ。

 精霊王の長く美しい銀色の髪の毛は床にまで広がっていた。やはり一枚布を身に纏い、裸足がそこから覗いている。布に施された繊細な刺繍の装飾は糸一本一本が煌めいていて言葉にならない程に美しかった。


「炎神の戯れで出来た子に会ってみたくなってな、無理を言った」

「い、いえ……」


 炎神の戯れとはどういう事だろう。イルルクは疑問に思ったものの、しかし精霊王に質問出来るような状態ではなかった。目の前に圧倒的な存在感を以って座っている精霊王の魔力に充てられて、圧迫感と緊張のあまり失いそうになる意識を保つので精一杯だったからだ。

 精霊王はそれに気付いたように片眉を動かすと、イルルクと対面している部分から放出する魔力の量を減らした。

 イルルクはやっといつも通りに出来るようになった呼吸を何度か意識的に繰り返し、ほっと息を吐いた。


「すまんすまん、いくら其方でも流石に受け止めきれんわな」

「……ありがとうございます」

「帽子、脱いでくれるか?」

「あ、し、失礼しました」


 イルルクは慌てて毛糸の帽子を取った。先の青い髪がぱさりとイルルクの背中に散らばる。その時、イルルクは自分の髪の青い部分が一部、紫になっている事に気付いた。

 その髪を見て、精霊王はふむ、と唸った。


「恐らく、其方の体が育ちきった時、髪は全て紫になるであろう」

「そうなんですか……あ、あの、ボク、炎の魔術しか使えないんですか?」


 イルルクがそう尋ねると、精霊王は少し困った顔をした。イルルクに対して、どう説明しようか悩んでいるようだった。イルルクは慌てて、別に炎の魔術以外が使いたい訳ではないと弁明した。イルルクが残念がらないように言葉を選んでいるのではないかと思ったからだ。


「其方、自分の事についてどれくらい分かっている?」


 イルルクはそう言われ、返答に窮した。

 イルルクは自分の事について、殆ど知らなかったからだ。リュエリオールに拾われるより前の事はあまり覚えていない。男と女に育てられていたような気はするが、それが父と母だったかと言われると自信がない。

 あとは無詠唱でかなり熱く大きな炎が出せる事。炎の魔術以外が使えないらしい事。死体に触れる事で、その人が死ぬ一時間前からの記憶が見られる事。

 それくらいだった。


「其方は自分の出自について知らねばならんな」

「出自……」

「全てを教える事は簡単だ。しかしそれは其方の為にならん」

「はい」

「ただ、今のままでは其方の出自を知るのも困難であろうから、一つだけ助けを与えよう」


 精霊王はイルルクの頭の上に手を翳した。精霊王の魔力が小さく、細くイルルクに向かってくる。何が起きるのかと固唾を飲んで待つイルルクの髪の中に、一本だけ精霊王と同じ色の髪の毛が混じった。


 精霊王曰く、その髪の毛を抜く事で先程イルルクたちが里に来る為に通った道の中にいる状態を作り出す事が出来るらしかった。周囲の者たちと別次元に存在するのと同じ状態になる為、誰にも気付かれずに行動する事が可能だと云う。

 ただしその効果は最長でも一時間。周囲に光の精霊王にまつわるモノがあればそれだけ長くその状態でいられるが、そうでなければ精霊王の影響力が下がり、効果時間が短くなるだろうと。


 イルルクは、何とかして表立って中央特区に行かなければならないと思った。中央特区に入る所からでは確実に間に合わない。まず博士の死体が残っているかどうかも分からないのだ。

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