第25話 精霊王の里

 目の眩むような目映まばゆさの中、イルルクたちは方向感覚も時間の感覚も失いながらひたすらリィフィから離れないように進んでいた。

 リィフィとはぐれたら、元の場所へは永遠に戻れなくなる。そんな確信めいた気持ちを抱かせるくらい、不思議な場所だった。

 イルルクは森で感じた気配がどんどん強まっている事を肌に感じた。あの気配は精霊王の物なのだろうか。外の世界を見る為に何かの魔術を使っているのかもしれないとイルルクは思った。


 一際大きな輝きに包まれた後、イルルクはどこか不安定だった足下が確かな地面を踏み締めた事に気付いた。

 突き抜けるような青空。雲一つ無く、光を纏った鳥たちが飛び回っている。

 イルルクたちはいつの間にか樹木の生い茂った只中に立っていた。それを森と呼んでいいのかイルルクが悩んだのは、生い茂る樹木はその全てが光り輝いていた為だった。


 白銀の幹に金色の葉っぱ、足元にもその金色の落ち葉があって、さながら豪奢ごうしゃ絨毯じゅうたんのようだった。

 イルルクは思わず数回その金色の葉っぱを踏みしめた。

 足踏みをする度、葉っぱを踏む度にその部分から光の粒子がぽわっと飛び出し、イルルクはどうにも楽しい気分になるのだった。


 フェルが生暖かな瞳で自分を見ている事に気付き、イルルクは足踏みを止めた。

 いつまでも子供のようだと笑っているに違いない。イルルクが少し不満げにフェルを見やれば、フェルは苦笑いを零して自らも足踏みをしてみせた。


 辺り一面精霊王の魔力で包まれた世界。

 光の精霊王の里とはどんな場所なのだろうとイルルクが期待に胸を膨らませていると、森を抜けた先には今までに見た事のないくらい大きく、立派な白亜の城がそびえていた。

 城の周囲には光の粒子が常に瞬いており、目に見える範囲に存在する物の全てから精霊王の魔力が感じられる。


 イルルクたちの目の前には城に続く渡橋わたりばしがあった。

 既に渡橋は降りていて、イルルクたちを迎え入れている。リィフィと手を繋いだまま、イルルクは渡橋を城に向かって進んだ。


 城の入り口は精巧な細工の施された巨大な銀色の城門によって護られていた。門の装飾は全ての神々を模しているようで、イルルクの興味を誘った。

 もっとよく見てみたいと思っていると、イルルクたちの到着に合わせて城門はゆっくりと開いてイルルクたちを中へ促し、イルルクは少しだけ残念に思った。

 門が開いた事で窺い知れた城の中では、耳の尖った人たちが数人イルルクたちを遠巻きに見つめながら立っていた。


「妖精だ、初めて見た」

「え、妖精? こんなでっけーんだ」


 ルドリスの言葉にフェルが反応する。それが聞こえたのか、妖精たちは少し恥ずかしそうに視線を彷徨わせた。くすくすと笑いながらこちらを見る者。物珍しそうにイルルクたちを観察する者もいた。

 皆、柔らかそうな一枚布の白い服を纏っていて、金や銀、白の長い髪と共に淡い光を放っていた。

 リィフィもここに付いてからは常に淡い光を放っており、聞けばそれが精霊王の加護なのだと云う。


 こんなに大きな城があるのに”里”と云ったリィフィに、イルルクは自分の中にあった”里”と云う言葉の意味が良く分からなくなった。

 そんなイルルクを見て、本当の事をわざわざ言わなくても良いであろう?とリィフィは笑った。


 門を抜けた先には大広間があった。

 広間の中央にはイルルクたちの為に用意されたのだと云う巨大なテーブルが鎮座しており、その上には様々な料理や飲み物が所狭しと並べられてあった。

 ルドリスたちは、彼らと共にここで待つ事になるようだった。

 キリも勿論連れて行けず、イルルクはぬいぐるみをフェルに預けた。

 この里に普通の人間が訪ねて来たのはいつぶりだろうと皆大いにはしゃいでいて、ルドリスもフェルも、そしてキリも妖精たちに囲まれ沢山の質問を受けていた。


 イルルクとリィフィは大広間を抜け、キラキラと輝く噴水がある吹き抜けを進んだ。小さな魚が泳いでいて、その鱗もまた輝いていた。

 左右に等間隔に並んだ柱の間からは緑豊かな庭園が見える。庭園にも数人の妖精がいて、果実を摘み取ったり、水やりをしているようだった。


 更に進むと、何段あるのかも分からぬ大階段が姿を現した。大階段には金色の絨毯が敷いてあり、イルルクはそこに自分の足跡が付く事を想像して身を竦めた。

 階段の先は光が強くて、その先に本当に階段が続いているのかも分からない。ただ、精霊王の魔力がそこから溢れ出している事だけは痛い程に理解出来た。

 きっとこの階段の先がの王の間なのだろう。イルルクは自然と身体が震えた。


 リィフィも、ここまでしか同行出来ないのだと言った。

 精霊王の配下の者ですら、精霊王の姿を見る事は殆どないらしい。


 イルルクはごくりと喉を鳴らし、一度深く呼吸をしてから、階段を上り始めた。

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